第48話 作り物の英雄像
アバランタ。
曰くそれは、この地方に古くから住みついていた蜘蛛の化物らしい。体長は大きな馬車ほどもあり、鋭い爪と獰猛な牙、そして、粘着性の糸を使って、村の人たちを襲っていた。肉食性の上に獰猛。山に迷い込んだ人間だけでなく、大きな家畜まで糸で絡め捕り食料にされていた。
その化物を倒したことが、レンテの最大の功績だという……。
谷にある村だけあって、日の入りは早い。既に日は山の向こうへと消えた。この分だと夜は冷えそうだなんて、この旅で培った知識をもとに考えていると、急に開けた場所に出た。
そこはメインストーリの最奥に当たり、円形の広場のような場所だった。途切れた屋台の代わりに並ぶのは背の高い街灯。中心に向かって立つそれらは学者様たちの儀式のようにも見える。広場の中央に設置されているのが蝋燭で飾りつけられた献花台であるからなおさらだ。
「なんだろ、ここ?」
「祭壇、かな。形骸化されても、形だけは受け継がれていく。勝手なもんだよな」
「祭壇! やっぱり凄い人物なんだね、ガロンの戦友は。聞けば聞いただけ武勇伝が出て来るし。童話にエピソードには事欠かないよね。うんうん」
私が記録してお父様に提出すれば、優秀な童話制作師の人が、ドキドキハラハラな物語を作ってくれるだろう。あひるの王子シリーズには届かないまでも、いい線いける気がする。
「まるで作り物みたいな英雄像だよな」
けれど、ガロンの感想はとても淡泊なものだった。
「レンテは大罪人だって言ったろ? 善人じゃねぇ。この歓迎ぶりは、俺様には異様に見えるぜ」
「事実が捻じ曲がって伝わってるってわけか? レンテが生きていたのがずっと昔の話なら、尾ひれが付いちまうのは仕方ない話だが」
ヴェルトの言葉には諦めに似た感情が籠っていた。
頭の中で勝手に盛り上がっていた英雄レンテのイメージが、空気を抜いたようにしぼんでいく。
「作り物、かぁ……」
私は途端にわからなくなった。ガロンの言う大罪人のレンテが正しいのか、この村に語り継がれる英雄レンテが正しいのか……。
「おや。見ない顔ですね。お祭りを観光に?」
薄暗闇の中で漂う蝋燭の光を眺めていると、恰幅のいい壮年の男が声を掛けて来た。私の思考は中断され、咄嗟にヴェルトを盾にした。
「……何隠れてんだよ、お前は。失礼だろ」
「べ、別に! 隠れてなんかないし。ちょっとヴェルトの服の肌触りを確かめたかっただけだし」
「はぁ?」
「ははは。別に構いませんよ。こちらこそ突然失礼した。私は祭りの実行委員を任されているヘトロです。観光に来ていただけたというのなら、私の宣伝活動の賜物というものでしょう」
私の行動を気にも留めず、ヘトロさんは大きく出っ張ったお腹を揺らして豪快に笑った。この大きさは、お父様といい勝負かもしれない。
「えぇ、お邪魔しています。――たまたま近くでお祭りの噂を耳にいたしましてね。丁度いい機会だったので、予定を前倒してこちらに立ち寄らせていただきました」
「お祭り、楽しいです」
なけなしの社交性を発揮する私を誰が咎められようか。
ていうか、ヴェルト今、少しだけ嘘吐かなかった? 私たち別に、お祭りの噂を聞いたから予定を前倒してこの村に来たわけじゃないけれど……。
私の直観もだいぶ鍛えられていたようで、案の定、ヴェルトは作り話にさらに嘘を重ねて盛り始めた。
「もしよければ、そのレンテという方の話、詳しく聞かせてもらえませんか? ――あ、私こう見えても記者でして、世界を旅していろいろな伝承を集めているんです」
「ほぉ! それはそれは! 是非とも聞いて行ってください」
ヴェルトを見上げるが、涼しい顔で受け流される。
この長身は、調子のいい嘘をぺらぺらと。後で帳尻が合わなくなったらどうするのだ。
……とはいえ、レンテの話が聞きたかったのは事実。ここは王女も黙っていよう。
目を丸くしたヘトロさんは、まるで天啓のように空を仰ぎ、続ける。
「いえね。私どもも頭を悩ませていたところなんですよ。いくらお祭りを開催しようと、年に一度がいいところ。人々の記憶からはどんどん抜けて行ってしまう。レンテをどうにか人の心に残す方法はないものかと、思案を繰り返してまして」
「なるほど。伝承、と言っても、口伝ではどこかで忘れられ、ねじ曲がってしまうものですからね」
「そうなんですよ! きっとこれも何かのご縁! 記者さん。一つ頼まれてくれませんかね?」
「と言いますと?」
「童話です!」
私の耳がロバの耳のようにピクリと跳ねた。
「どうかレンテを、童話にしていただけないでしょうか?」
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