第29話 名作のエピローグ
次の日の朝、私たちは塩の街を出た。
五日も滞在した宿に別れを告げるのはそれなりに悲しかったけれど、この街でできるヴェルトの責務は終わった。次の街へと旅立たなければならない。
私はアリッサとまた会う約束を固く結び、絶対手紙を書くねと言い合って、手を振るアリッサに別れを告げた。
噴水の広場を、ヴェルトと二人並んで歩く。
「結局、切ないお話になっちまったな。これは童話の原石になりうるのか?」
ガロンが言う。
「さぁ、どうだろうな。アリッサの前ではああ言ったが、悲しい話ってのは、人を選ぶからな」
「そ、そんなことない! アリッサのお話は、童話の国史上空前の大ヒットになる!」
そうなってもらわなければ、アリッサの気持ちが浮かばれない。私は鼻息を荒くして強調した。
「でもよ、なんでなんだ? ピースを一つ回収し忘れてるじゃねぇか」
「ん? ガロン、何のこと?」
アリッサの片思いのお話は、アリッサの思い出を奪った時点で完結している。足りないピースなどないはずだけれど。
「アリッサの婆さんだよ。俺様たち以外に唯一ヴェルトの記憶を持ち続けてるぜ? しかもアリッサとは齟齬が生じる状態でよ」
「ああ。言われてみれば」
ヴェルトはあの後、アリッサの両親の記憶も奪い取っていた。それは不自然を生まないための処置だったけれど、入院していたアリッサの祖母にだけはキャメロンを使っていない。ヴェルトのことをアリッサの彼氏だと信じたままである。
私たちのふとした疑問に、ヴェルトは少し考えた後で、こんな風に返した。
「この物語に、エピローグはいらないと思ったんだ」
おばあちゃんがどう感じて、どんな風に孫の仮初の彼氏を見ていたのか、それは童話には必要ない。読者が勝手に想像すればいい。
「そう長くない残りの人生。あちらの世界に旅立つとき、孫との思い出が一つでも欠けていたら切ないだろ?」
「……びっくりした」
私はそこまでヴェルトが考えているとは思っていなかった。
そして納得する。だからアリッサは、ヴェルトを好きになったんだ。
その魅力に、私もたぶん気付いてしまった。
「それにさ、アリッサから聞いちまったんだ」
「何を?」
「あの人の本名」
ヴェルトは笑って言った。
「メリル。っていうらしいぜ」
「メリル……」
それはどこかで聞いたことがある名前だった。
「童話のことは詳しくないが、少なくとも、童話の国が、名作と名高い他人の作品に干渉するのはタブーだろ?」
「え? ええ!?」
それってつまり……。
「ヴェルト! 今、すごいこと言った! 童話界をひっくり返すようなこと言った! こんな立ち話でさらっとする話じゃない! 聞かせて!」
結局のところ、私の童話へ対する熱意だけは、尽きることを知らないのだ。
第三章 了
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