第26話 デートの距離感

 塩の街は今日も暑い。

 真っ白な街並みは照り付ける太陽をそのまま跳ね返し、私は空と地面の両方から熱波を浴びる。暑さに重さがあったなら、私はさながら押し花のように平らになっていたことだろう。


「で、ヴェルトは、っと」

「お! 目標発見!」


 ヴェルトたちは広場に面したアクセサリーショップのショーケースを眺めていた。色とりどりの石や貝殻、サンゴや真珠をあしらった女性向けのお店。いかにもデートスポットと言わんばかりだ。遠目から見ても、客層はカップルが多い。

 アリッサは陳列されたいくつかを手に取って、耳を飾ったり首筋を飾ったりと、楽しんでいる。笑い声こそ届いてこないが、大きな麦わら帽子が揺れるたびに、温かい雰囲気が伝わってくる。


「嬢ちゃんも、ああいうのが欲しいのか?」

「私はいらない。お祭りで嫌というほど経験してるから」


 ガロンの雑談に相槌を打ちつつ、二人のことを少し離れたところから観察する。


「でもさ、ガロン。なんか違くない?」

「違うだぁ?」

「うーん。うまく言えないんだけど。あの二人、どこかぎこちないって言うか……」


 次の店へと目標を変えた目の前のカップルを見つめつつ、私の首は自然と傾く。


「それでお母さんが怒ったんです。金もないのにうちに泊まろうっていうのかいっ、って」

「それは怒るな。俺だったら食器の一つも投げつけてたかもしれない」

「あはは。ヴェルトさんらしいです」


 聞こえてくる他愛ない会話。他愛ないけれどどこか違和感がある。違和感というか距離感か。

 デート中のカップルというのは、こんな感じで会話をしているものなのだろうか。

 いや、そんなことはあるまい。恋愛というジャンルの最高傑作と名高い『僕はただ君のために』のカップルは、もっと自然に会話をしていた。弾んでいた。そもそも私といるときのヴェルトはもっと軽そうに喋っている。親密度が上がれば会話が重くなるわけでもあるまいし、これはやっぱり正しいカップルの在り方ではないのだろう。

 もどかしいような、喜ばしいような……。


 ショッピングの後は喫茶店でお昼ご飯。お腹を満たしたら、塩の街名物のヨットハーバーへ。そこで遊覧船に乗って美しい街並みを眺めるのが、今日のプランだ。


「ほぉー。すっごいねー。いろんな船が浮いてる!」

「海と街のコントラストも絶景だが、船と港の賑やかさってのも、また味があるねぇ。知ってるか、嬢ちゃん? あれ、魔法じゃなくて、浮力ていう自然の力で浮いてるらしいぜ? 湯船にタオルを浮かべてお団子作るのと同じ原理だな」

「へー。意味わかんないね!」


 感動的な景色に理論なんて必要ない。第一、お風呂にタオルを付けるのはマナー違反だ。


「で、奴らはどこ行った?」

「確か、船に乗るって……あ、いた!」


 私の歩く少し先に長身のヴェルトがいた。その隣には当たり前だがアリッサがいる。


 ……って、……ちょっと待てっ!


「が、がが、ががガロンっ!」

「ガガガロンじゃねーよ。なんだそりゃ、童話に出てくる怪獣か?」

「ち、違うっ! てっ、てぇ!」

「はぁ?」


 私は必死に指を伸ばした。何にってそりゃあ……。


「二人が手ぇ繋いでるっ!」

「ああ、そうだな」


 思ったよりもあっさりなガロン。


「ガロンは嫌じゃないの!?」

「なんでだ? デートなんだろ?」

「あ、そうか。……そうだった」


 今私はなんで焦ったのだろう。ヴェルトのデートなのだ。手を握るのが普通じゃないか? 童話の中に出てくる恋人たちも、よく手を繋いでいる。恐る恐るだったり、大胆にだったり、その時の感情はまちまちだけれど、誰も彼もが、好きな相手と距離を詰めたいのだ。


「でもさ、やっぱりなんか変だよね」

「うーん、俺様にもフォローできねぇなあ、ありゃあ」


 冷静になって観察すると、その手の繋ぎ方は明らかにおかしい。手を繋いでいるのに遠すぎる。肩と肩の間に大人一人入れそうである。見ているだけで肩が凝りそうだ。


「あれがそのまま、お互いの距離感なんじゃねぇの」


 ガロンの言葉に私も頷く。

 ぎこちない二人は、小さな船小屋に入って行った。

 もうすぐ夕焼け。日が傾き影を長く作り始めた頃、二人は帰ってきた。すでに手は繋いでいない。それどころか会話もない。俯いたアリッサに、ただ前だけを見つめるヴェルトが、微妙な距離感で並んで歩く。


 二人の神妙な表情が、この先の展開を物語っていた。

 今日が終わる。

 明確なリミットは設けていなかったけれど、刻限は刻一刻と迫っていた。

 アリッサのデートプランの内、残るスポットはあと一つ。

 塩の街を代表する建造物で、そこが今日の終着点。

 今まで幾度となく話題に出てきた有名な場所。『鐘の鳴る坂を登る』の舞台。


 大きな鐘のある白い建物。


 でも私は、どうしてアリッサがあの場所を最後の場所に選んだのか、まったくもってわからない。

 だってあそこは、観光地なんかじゃなくて、



 病院、なのだから。

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