第二王女と、火炎の魔法師 4

 ディグ・マラナラはその日、自室でのんびりと過ごしていた。『火炎の魔法師』という呼び名を持つ彼は、基本的にマイペースである。自分がやりたいように生きている英雄は、弟子である二人がこの場に居ないのもあってだらけた様子である。



(そういえばキリマ様、最近来ないな。そろそろ諦めたか)



 ディグはキリマ・カインズが自分の元へ来なくなった事に、それだけを思う。何も思わなかったか、と言えば否である。正直言うと、来ないという事実に拍子抜けして驚いた。常にディグの元までやってきて、「結婚してください!!」と特攻しかけてきたキリマが姿さえも見せない事には寂しさを感じた。



 いない、という事に対して違和感が強くなったのは、それだけキリマがディグの側へと近づいてきていたからだ。けれども、そういう違和感を感じたからといえども、ディグは自分から行動を起こす気は特になかった。



 確かに違和感は感じている。寂しさも、悔しい事に感じている。それでもカインズ王国の王女という立場の存在が、自分と結婚をするというのはどうかと思っているから。なので、ディグは今寂しさを感じていたとしても、そのうちその気持ちもなくなっていくだろうと思っていた。



 そのため、ディグは自分から動く気は全くないし、その日もそのまま眠りについたのだが———、ベッドで横になっていた時に、ディグは何かが部屋の中に入ってきたのを感じた。



 『火炎の魔法師』ディグ・マラナラは英雄と呼ばれるだけの存在であるが故に、狙われる事がある。だからこそ、自身の過ごしている魔法棟の一室では警戒心を怠らない。とはいえ、王宮内にあるそこに侵入者など基本的にはいるはずもないのだが、どういう事だろうかと考えながらディグ・マラナラは身構える。

 そして、その不審な存在が近づいてきたと同時に、その手をつかんだ。



「何者だ——って、キリマ様!? 何をやっているんだ!!」



 ディグはその存在の手をつかんで、その存在を目視して、大きな声をあげた。それもそのはずだ。そこに侵入してきたのは、この国の第二王女であるキリマ・カインズだったのだ。それに加えて、何を考えているのかキリマはとても薄着をしていた。

 そもそも、王女である存在が夜に男の部屋に侵入してくるなどと非常識としか言いようがない。



「侍女達は何をしているんだ……」

「ディグ様、侍女達を怒らないで!! ちゃんと許可はもらっているから!!」

「……許可?」

「そうですわ!! ちゃんとお父様にも許可をもらいましたもの!! ディグ様を夜這いするって!!」

「は!? 何を考えているんだ、あの王!!」



 叫ばれた事実に、ディグは思わず悪態をついた。



 英雄に夜這いをしている王女。夜這いの許可を出した王。そりゃあ、ディグ・マラナラも狼狽するのも当然であった。ベッドのすぐ側で、王女の腕をつかんで叫んでいるディグ。誰かに見られたらディグがキリマの事を襲ったとでも誤解されそうな場であった。



「お父様を怒らないで、ディグ様! 私がディグ様の事を夜這いしたいって強行したんだもの!! だから、ほら! ディグ様、私の事を美味しくいただいてくださいませ!! そして結婚してください!!」



 キリマはディグに呆れた目を向けられながらも、キリマは言い切った。

 自分の事を美味しくいただいてくださいと、そして結婚してくださいと。



「……キリマ様。しばらく来ないと思ったら、突然それですか」

「ええ、そうですとも! ディグ様は私が押して駄目なら引いて見ろを実行しても、全然、何も行動起こしてくださらなかったけれども!! それで諦める私ではありませんからね!! 私はディグ様と結婚したいんです!! ディグ様に美味しくいただかれて、既成事実を作って、ディグ様と結婚して、幸せになりたいのです!!」



 キリマはためらいなく、声をあげる。



「ディグ様! だから、どうぞ、私に手を出してください! それで結婚してください! ディグ様が結婚してくれるっていうなら、ディグ様が女遊びをしたとしても咎めませんから!! 私が、私の魅力でディグ様が私だけでいいって言ってもらえるぐらいに努力すればいいんですもの!! だから、ディグ様、私をお嫁さんにしてください! ディグ様が望むなら、私なんだってしますから。だから——ディグ様、私に手を出してください。ええっと、でもその、ディグ様、私は初めてなので、優しくしてくださいね!!」



 キリマは、必死である。

 ディグ・マラナラの事が好きで、だからこそ、ディグのお嫁さんになりたくて仕方がなかった。


 手に入れたいものがあるのならば、必死にぶつかっていくのは当然である。行動をしなければ変わらない事は幾らでもある。でも行動をすれば変わる可能性が高くなるのだ。

 だから、少しでも可能性があるのならばキリマは頑張りたかった。



 恥ずかしかったし、どうなるかは分からないとしても行動をしたかった。だからこそ言い切った。ディグがどのような反応を示すのだろうかとディグを見れば、ディグは目元を押さえて「あー……」と口にした。

 キリマは言葉を間違えてしまっただろうか、何かディグに嫌われる事をしてしまっただろうかと慌ててしまう。そんなキリマにディグは言う。



「キリマ様、一先ず、今日は帰ってください」

「え」

「悲しそうな顔をしないでください。……俺は一先ず、帰ってくださいと言っているんだ。とりあえずキリマ様はもっと自分を大事にしましょう」

「え?」

「……キリマ様、俺は決して結婚には向かない男だ。誰か一人を大切にするとか、誰かと結婚するとかそういうのは考えた事もなかった。けどまぁ……、キリマ様が結婚してくださいと特攻してくるのは嫌だとは思ってもなかったし、此処までされて心が動かされないわけではない」

「え?」

「キリマ様、夜這いをするのは結婚した後で。それでいいですか?」

「え、え、それって!!」

「――俺と、結婚してくれますか、キリマ様」

「もちろんですわ!! やったぁああああ!!」

「って、そんな薄着で抱きついてこないでください!!」



 感涙極まってキリマはディグの胸に飛び込んだ。そんなキリマにディグは動揺を見せるのだった。



 そしてそれからしばらく経って、カインズ王国の第二王女とカインズ王国の英雄の結婚が発表されるのだった。



 ―――第二王女と、火炎の魔法師 4

 (そして第二王女は火炎の魔法師を手に入れるために行動し、大切な人を手にする)


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