164.英雄の思う事について

「……まさかさっさとかたづけるとは思わなかった」



 ディグ・マラナラは自室の中で椅子に座ってつぶやく。ヴァンがナディアの友人がさらわれたということで動き出したのは分かっていたものの、ここまで即急に国が解決できていなかった問題を解決するなどと思えなかったのだ。

 幾らヴァンであろうとももう少し時間をかけるだろうと思っていた。

 なのに、ヴァンはさっさと問題を片づけた。




「俺もまだまだあいつを過小評価してしまっていたのかね」



 思わずそんな風に呟いてしまったのは、ヴァンという存在が予想外のことをやらかすからだ。



 『火炎の魔法師』ディグ・マラナラ、カインズ王国を誇る最強の英雄。その英雄でさえも、想像がつかないほどの存在——それがヴァンである。



(あいつはもっといろいろなことをなしとげることが出来る。単純な強さと才能だけでいえば、俺以上。ただ色々足らない部分があるのも確か。本当……ヴァンが敵だったかと思うとぞっとする)



 そして改めて、ヴァンという存在が敵ではなくてよかったと思ってならない。もし、例えば、ヴァンが惚れていたのがカインズ王国ではなくシザス帝国の方へと向かっていれば、大変なことになっただろう。

 そうなれば、敵が合成獣といった化け物だけではなくヴァンや召喚獣たちも含まれたかもしれないのだ。考えただけでディグはぞっとした。




(本当――――、ナディア様がこの国の王女で良かった。俺にとってはナディア様のどこにそこまで惹かれてるかはさっぱり分からないが、ヴァンにとってみればナディア様はそれだけ特別である。あいつ、ナディア様にお願いされたからとさらっと行動を起こしていたが、もしナディア様に何かあったらどんなふうに動くのだろうか)



 もしナディアの身に何かが起こったら、どんなふうにヴァンは行動するのだろうか。



(あいつがぶち切れる所なんて想像も出来ないが、ちょっと見てみたい気もする。恐ろしい気もするが、少しだけ気になる)



 ディグは、そのことを考えると恐ろしいと思うと同時に見てみたいという興味さえも沸いていた。



(シザス帝国の方もどう動くか今の所分からない。でもまぁ、ナディア様がいる限り問題はないだろう。何かあれば俺も動くし、ヴァンはナディア様に頼まれれば勝手に解決するだろうし)



 シザス帝国のことを、ディグ・マラナラはそこまで危険視していない。確かに、魔物を合成させたりすることに関しては恐るべきことだが、対応が出来ないわけではない。実情さえ知っていればどうにでも出来る範囲であるとディグは考えていた。

 ヴァンを弟子にする前であるならばもう少し危機感を持っていたかもしれないが、ヴァンという存在がいることを思えばシザス帝国がどれだけのことを起こそうともどうにでもなる気がしていた。



「ディグ様ぁ!!」



 そんなこんな考えながら、座っていればカインズ王国の第二王女であるキリマ・カインズがディグの自室へと侍女を連れて顔を出した。



「……また、来たのか」

「何度でもくるわ! ディグ様、ディグ様、私をお嫁さんにしてください!」

「無理だっていってるでしょうが」



 はぁと溜息混じりにディグはばっさりと答える。断られることがわかっていたのだろう、キリマは断られても一切動じた様子はない。



「では、また言いますわ!」

「はぁ……」




 キリマの一切諦める様子がない様子にディグは少しだけ溜息を吐いた。



「ねぇねぇ、ディグ様、ヴァンは相変わらずの活躍だったんですって? 流石、ディグ様の弟子ですわ」

「あいつが凄いのは元々だ……」

「それは知っておりますわ。でも、ヴァンはディグ様の弟子なのは確かでしょう。ヴァンが活躍すれば活躍するほど、ディグ様の評価が上がりますもの。私、ディグ様に相応しくあるようにもっと頑張りますわ! ナディアもヴァンに相応しくあるために頑張ってますしね」

「……そうか」



 ディグはキリマの勢いに押されながら口を開く。



 キリマ・カインズはディグに対しての感情を一切隠そうとしない。何度断られようとも諦めることは一切ない。

 何処までも前向きすぎる第二王女に、ディグは呆れを見せている。




「ディグ様! シザス帝国が色々わずらわしいというのは私もお父様に聞いておりますわ。でも、ディグ様が我が国にはおりますもの。私は何も心配などしておりませんわ! ディグ様がいれば、誰にだって我が国は負けませんもの!」



 キリマ・カインズは、何処までもディグ・マラナラのことを信頼している。何処までもまっすぐに向けている好意。どんな敵がいようとも、『火炎の魔法師』ディグ・マラナラがいればこの国は負けないのだと、自信満々に彼女はいう。



(……そうだな、ヴァンがいるからっていうのもあるけど、俺ももっと精進して強くなる。――これだけ信頼を向けてくれる存在が居るのだから)



 ディグは、そんなことを考えて思わず口元を緩めた。



「きゃー、ディグ様が笑った!! ディグ様かっこいい!!」



 そしてその表情を見て、キリマ・カインズはきゃーきゃーと騒ぎ出すのであった。



 ――――英雄の思う事について

 (英雄は帝国に対する警戒を強めながらも、決意を胸にする)

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