105.王宮での不穏な動きについて 2

「ねぇ、キリマ。どうして貴方はナディアなどと仲良くしているの?」



 キリマは母親であるキッコに呼び出されて、向かった先でそんなことを言われて溜息を吐きたくなった。



 目の前の母親を見る。何時までも、母親ではなく、女でいようとしている母親を。

 キリマと同じ栗色の髪を、長く伸ばしている。着ているドレスは女を強調するようなもので、国王であるシードルの訪れをいつも待っている。



「……なんでも何も、お母様には関係がないでしょう?」



 キリマの素の姿を、母親であるキッコは知らない。知ろうとさえも、歩み寄ってこようともしないのがキッコである。

 王族の家庭環境などそういうものである。キッコが母親であることよりも、女であることを選び、キリマの教育を放置した段階で、そこに親子関係はまともには構築はされない。

 まだキッコがナディアや、その母親であるミヤビを排他的に扱っていなければキリマだってキッコを慕っていたかもしれない。もっと、母親としてかかわりがなくてももう少し―――と考えても仕方がないことだろうが、それは事実である。




「関係がない? 貴方は私の娘でしょう? 娘の交友関係が関係ないはずがないでしょう?」



 そんな風に、今更母親面をしてくるキッコ。



(……お母様は私の交友関係に興味はないだろうに。現にナディアとかかわるまではこんなに口だししてこなかったもの。誰々と仲良くしなさいぐらいはいっていても……。本当お母様はナディアが嫌いだわ)




 キリマはそんな思いを抱えながら、だけれども母親を不機嫌にさせるのも面倒なのでその顔には笑みを浮かべている。

 キリマとキッコの関係なんて、キリマが作り笑顔を常に浮かべているぐらいには薄っぺらい。



「……それでも、関係ありませんわ。私はナディアと仲良くしたいと思っていますもの」




 結局一度ナディアと仲良くしたいとぽろっと口にしてしまったのだ。今更フェールのように裏切るためなんて口にも出来ない。しても疑われるのは変わらないままだろう。



 だからキリマはそう口にした。

 キッコの顔が恐ろしいほどに変化するが、正直、そんな顔をされてもどうでもよかった。



「なんて子なの! あんな子と仲良くしようとするなんて」

「……別にかまわないでしょう? お母様がナディアを嫌いなのは知っていますわ。でも私はナディアの事を嫌いではないのですわ」





 キリマはばっさりとそういう。




「そう、そうなの」

「ええ、そうですわ」

「……まぁ、それでもかまわないわ。キリマ、貴方がナディアと仲良くしたいとかは、正直どうでもいいのです。それもいいので、これをナディアに飲ませなさい」



 そういいながらキッコは瓶をキリマに差し出してくる。

 ナディアを嫌いな母親がナディアに飲ませようとしている―――そんなものが危険でないはずもない。

 それを飲ませなさいと命令してくるキッコをキリマは訝しそうに見る。ナディアと仲良くしたいと告げているキリマがそんな命令を聞くと思っているのかと。



「嫌ですわ。そんなことをしたくありませんもの」



 そういいながらキリマは、ナディアにこのことを伝えなければと思考する。

 そんなキリマに、キッコは嗤って告げた。




「聞かないと貴方の侍女がどうなるかわかりませんのよ、よろしくて?」

「……それは、どういう意味ですか」

「貴方の侍女たちを私が殺すか、貴方が自分の手でナディアを殺すかですわ。簡単な話でしょう? ナディアにそれを飲ませないのならそれでもよろしくてよ。でもその時は、貴方の周りがどうなるかわかりませんわよ。私は優しいから、娘である貴方には直接的には何もしませんわ。ですから、良い子でいてくださいませ。貴方が私の言う事を聞く子であれば無駄な血が流れませんの。貴方はナディアにそれを飲ませればいいのです」



 キッコはそう告げながら、美しく笑っている。

 まるでそれが正しいとでもいうように。

 それに間違いはないとでもいう風に。



「貴方がそのことを、周りに告げるのでしたらそれはそれで考えがありますの。だから、一人で考えて、一人で実行しなさい。貴方がどこかにばらしたら、すぐにわかりますから……そういう気は起こさないようにね」



 キッコは嗤いながら、それを告げる。

 ナディアに飲ませなさいと、告げる。



 キリマのナディアと仲良くしたいという感情も、ナディアを害したくないという気持ちも、全て無視して。

 すべてが関係ないと、関係ないから自分の思うとおりに動きなさいと。

 なんとも自分勝手な話である。



「……」

「返事はどうしたの?」

「……はい」



 キリマは絞り出すように声を発する。

 そうして心の内ではどうするべきかを考える。



(誰かにいってもばれるって、それって私の周りの誰かがお母様の手の内にあるのか、それとも監視が居るのか……それも、何人いるかもわからない。……どうしよう。ナディアに飲ませるのは例外。ナディアにそんなことをしたくない。それに、ヴァンがどうするかも……。もしこれが毒薬とかなら……でも、どうしよう)



 キリマは思考をし続けながら、ひとまず、母親の部屋を後にした。




 ―――王宮での不穏な動きについて 2

 (第二王女のキリマは、母親に脅しまがいの命令をされる)

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