81.ヴァンと幼馴染と司書さんについて 3
「ヴァン様、こちらに魔法具の本がございます」
「ありがとう」
ツィリアに案内され、ヴァンは素直にお礼を告げる。
(ふーん、魔法具ってこういうやつなのか)
ヴァンは、本棚からいくつか本を取り出すと、黙々と読み始める。
読んでいる本は魔法具の制作にかかわるものである。一般人ではおそらく理解出来ないものだろうが、そういう面で天才的一面を持っているヴァンはなんとなくだが理解していた。
「司書さん、紙ありますか」
じーっと本を見ていたヴァンは、ツィリアに話しかけた。
ちなみに、ツィリアはヴァンとビッカの間で戸惑いの表情を見せている。
ディグ・マラナラの弟子であるヴァンの動向を気にしているのも当然であるが、召喚獣に捕まったまま喋ることもままならずに泣き出しそうな顔を浮かべているビッカの事もどう対応していいのかわからなかった。
そんな中で声をかけられてびくりとツィリアは反応を示す。
「か、紙ですか?」
「うん、あと書くものをお願い」
本から視線をそらさずに、ただ淡々と告げる。ナディアのためにどのような魔法具を作成しようかと考える事で頭が一杯になっているヴァンからは気が付けば敬語が消えていた。
が、そのことをツィリアは注意することはない。第一、『火炎の魔法師』の弟子であり、英雄候補ともいえる少年にそんなことを言えるはずがない。
寧ろ、幾ら親しい仲であろうとも邪魔と告げるヴァンに食い下がっていたビッカの方が色々と考えたらずなだけである。
「はい」
ツィリアはヴァンが何をするつもりなのかはさっぱりわかっていなかったが、言う事を聞かなければと思ったためか素直にうなずいた。
さて、そんなヴァンとツィリアの様子を見ながら動くこともままならないビッカは今にも泣きだしそうであった。
(どうして。なんで。ヴァンが私にこんなことをするの?)
いうなればビッカは、ヴァンという少年の事を勘違いしていたといえるのかもしれない。ただ単にヴァンがそれなりにビッカの言葉に反応を示してくれていたから、面倒だという理由でビッカが煩く言うのを聞いていたりもしていたから、自分はヴァンにとって特別なのだとそういう勘違いをしていたのだ。
ヴァンにとってみれば、ビッカはその他大勢でしかなかった。ヴァンの中ではナディアとそれ以外と基本的に分けられていて、それ以外の中で、それなりに付き合いがあった存在がビッカであったというだけなのだ。
ビッカにとっては悲惨な事に、現状ヴァンにとってみればビッカよりもディグやフロノスの方が重要な存在となっているだろう。
(召喚獣……ヴァンが、こんなものを引き連れていたなんて知らなかった。ヴァンが、魔法具の本なんて読めるなんて知らなかった。ヴァンが、遠くにいってしまう)
少なくともずっと一緒に育っていたのは確かであった。だからこそ、ビッカは勘違いした。ヴァンにとって自分は特別だと。
そんな思いヴァンの中には欠片も存在しなかったというのに。
(……ヴァンは、私になんでこんなひどい事をするんだろうか。どうして折角こっちに帰ってきてくれたのにうちの家に来てくれないんだろう)
ビッカにとってヴァンは幼馴染でしかない。確かに英雄の弟子になって、英雄の候補なんて騒がれているのは知っているが、それ以前に大前提としてヴァンはビッカの大切な幼馴染なのだ。
例えば、ヴァンが普通の感覚の持ち主だったのであれば、自分を英雄としてみないでただの少年としてみる幼馴染というのは大変貴重な存在で、ありがたい存在であろう。別の物語であれば、「俺個人として誰も見てくれないんだ」と悩む主人公が、主人公自身を見てくれる幼馴染の存在に救われる的な感動ストーリーが紡がれたかもしれない。が、ヴァンはヴァンである。
ビッカが悶々と思考し、泣き出しそうな中も、一切気にせずナディアのために魔法具について学んでいた。
ちなみにクラに関しても、正直召喚獣というものは人間とは考え方が違うために、泣き出しそうなビッカを見ていても面倒だなとしか考えていなかった。何とも酷い主従である。
(ナディア様にあげるものだから、やっぱり良いものにしなきゃ。危険な目にあった時にどうにかできるように……。ナディア様が危険な目に合うとか、絶対やだ)
ヴァンは相変わらずナディアの事しか考えておらず、ナディアのためにどのようなものを作ろうかと思考していた。
ツィリアが持ってきてくれた紙に、次々に、ペンダントに刻む魔法陣について書き進めている。ヴァン、魔法陣について学んだのはディグの弟子になってからで、正直知識は全然足りないが、なんとなくでかきすすめている。
(反転とかか? なんか悪意に反応するとか。うーん、毒とかに対しても対処を……そうなると)
ナディアをあらゆる危険から守りたいと考えているヴァンは、どんな効果をつけるか考えている。どんどん紙が消費されていっている。
それを見ながらツィリアは、
(魔法具自分で作る気なのかしら? 流石、『火炎の魔法師』様の弟子……。それにしても、女の子は放置でいいのかしら?)
などと考えていた。
結局司書たちは、ヴァンの邪魔をするのも恐ろしくてビッカの事にも口出しできずに時間は過ぎていくのであった。
そしてヴァンは夕刻になると「あ、時間だ。クラ、かえるぞ」と口にするとさっさと図書館から出ていくのであった。残されたのは、ようやく解放されて図書館にへたり込み泣いているビッカと、ビッカに慌てて駆け寄るツィリアたち司書たちであった。
―――ヴァンと幼馴染と司書さんについて 3
(ヴァンは、魔法具を作るために必死でありました。ビッカはその後、ツィリアたちに慰められて帰宅するのでした)
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