フロノス・マラナラの観察記 2
「ヴァン様、頑張ってくださいね」
「はい! 頑張ります」
その日、ナディア・カインズはヴァンの元へ会いに来ていた。今まではどちらかというと、ヴァンがナディアに会いに行くといった形ばかりだったのだが、ヴァンが王女たち三人ともと仲良くなってからというもの、ナディアは自分からヴァンに会いに来ることも多くなっていた。
とはいっても、ヴァンにも『火炎の魔法師』の弟子として色々とやらなければならないことも沢山ある。
そんな中でヴァンはナディアがやってきたからといって、さぼれるわけではなく、ヴァンがディグに言われた事をこなしている間、ナディアはにこやかにほほ笑みながらヴァンを応援していた。
といっても、ナディアがただ応援しているだけというわけではなく、書物を読んでいたりと応援しながらも学んでいたりはする。
フロノスは魔法の制御の練習をヴァンと共にしながらも、横目でナディアの事を見る。
(ヴァンがナディア様の事大好きなのは知ってたけど、ナディア様もヴァンの事少なからず思っている)
そんな風にしかフロノスの目には見えない。
十二歳のヴァンと十歳のナディア。子供同士の――フロノスも年は対して変わらないが――恋愛を見ながらフロノスはほほえましい気持ちになる。
(恋愛かぁ…、私は正直自分がそういう思いを抱える姿を想像は出来ない)
フロノスは先ほど見たキリマや、目の前のヴァンとナディアを見ながらそんな思いにかられる。
『火炎の魔法師』の弟子として、相応しくあること。
フロノスにとってヴァンが来るまでそれが全てだった。
そして、ヴァンが来てからは―――『火炎の魔法師』の弟子として、そしてヴァンの姉弟子として相応しくありたいというそういう思いに変化した。
(『火炎の魔法師』の弟子っていうだけで、私にも近づいてくる人が沢山いるぐらいだ。きっとヴァンの傍にはもっと、沢山の人が集まってくる)
じっとヴァンを見て、フロノスは考える。
(そういう過程で、ヴァンとナディア様の仲がこじれたりとかするのは正直嫌だ。仲が良い二人を見ているのは楽しいし、それにナディア様に何かあったらヴァンはどうなるかわからない)
――――ディグはもうしばらくしたらヴァンに社交界デビューをさせるという事をフロノスとヴァンに告げていた。フロノスには、ヴァンがヘマをしたとき、助けてやってほしいとそんな風にだ。
パーティーなどに出席しても問題がない程度の礼儀を学ばせる事は上手く進んでいる。ヴァンは覚えが良いわけではなかったが、ナディアのために頑張れという魔法の言葉を口にすればパーティーで必要な作法はどんどん吸収していった。
(でも王子殿下、王女殿下、全員とヴァンは仲良くなっているみたいだし私のサポートなくてもいけそうなんだけどな)
そんな風にもフロノスは考える。
レイアードとライナスもそれなりにヴァンと交流を持っている。
レイアードはシスコン魂をたぎらせ、ヴァンの見定めのためにきている面も大きいのだがそんな残念な事実は生憎フロノスは知らない。
ちなみにライナスは単純にヴァンの事を面白いと気に入っているのと、シスコンをこじらせている兄を見て面白がっているだけである。
「ヴァン様、お疲れ様ですわ」
考え事をしていたら休憩の時間に入っていた。休憩に入った途端、ヴァンの元へとナディアが寄ってきて、笑いかけた。
満面の笑みを見て、ヴァンも嬉しそうに笑う。
その表情で、その仕草で、その全てで、ヴァンがナディアの事を好きだというそういう気持ちが見て取れる。
バレバレである。
多分、初対面の人間でも理解することが出来るだろう。
(……作法は出来ているにしても、ヴァンは素直すぎるのよね。まぁ、ヴァンならちょっとぐらい作法が出来てなくても目をつむられるかもしれないけれど、貴族同士の駆け引きとかって、絶対ヴァンってわかってないし)
じーっとヴァンとナディアを見ていたら、二人がフロノスの方を見た。
「フロノス様もお疲れ様ですわ」
まぁ、そんな風に笑いかけられてフロノスも悪い気はしない。寧ろ嬉しくなる。
目の前にいるのは王女という、自分より上の立場の人間だが、ヴァンと笑い合っている姿を見ると妹のように感じてしまう。本当に恐れ多い事だが。
「フロノス姉、なんで、こっちじっと見ているの?」
「んー、ちょっとヴァンについて考えていただけよ」
そう告げれば「俺何かした?」とヴァンが問いかける。
「いや、うん、まぁ、ヴァンもナディア様も、私は応援しているので、これからがんばってください」
フロノスは結局、ただそういって笑うのだ。
そうすれば、二人とも「うん? 頑張るよ」、「はい、頑張りますわ」とそれぞれ答えるのであった。
――― フロノス・マラナラの観察記 2
(フロノス・マラナラはナディアとヴァンを見ながら、二人の仲を素直に応援するのでした)
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