49.ヴァンと第一王女の出会いについて
いい加減ヴァンがナディアに会いたいと煩かったため、ディグはヴァンにナディアへ会いにいく許可を出した。そのため、ヴァンは現在ご機嫌な様子でナディアの居る三の宮へと向かっていた。
ナディア様に久しぶりに会える! 嬉しい! とその顔全面に出ていた。なんともわかりやすい少年である。
(ナディア様、ナディア様、ナディア様……っ。ドラゴン倒してから全然会えなかったナディア様に会えるんだっ)
そんなナディアの事でいっぱいな思考。
ディグの人目を避けてナディアの元に迎えということは、一応守っていたりする。あまり人通りのない通りから三の宮へと向かう。
ディグの弟子になる前から王宮に侵入し、ナディアの危険を回避するために動いていたヴァンは結構王宮内を知り尽くしていたりする。特にナディアの住まう三の宮へと向かう道は、だが。
しかし、誰もいないと安心して嬉しそうに三の宮へと向かうヴァンを呼び止める声が一つ存在していた。
「そこの、貴方」
綺麗な、澄んだ声だった。
ヴァンは自分が呼び止められているだなんて考えていないらしく、その声に不思議そうな顔を浮かべながらも振り返りもしない。
ただ、ナディアの元へと向かおうとする。
「そこの貴方! ディグ・マラナラの弟子だという、平民」
そこまで呼び止められて、ヴァンはようやく自分の事を呼び止めているとわかったらしい。その存在の方を振り返る。
そこにいたのは、美しい少女だった。水色の髪に、金色の瞳を持つこの国の第一王女、フェール・カインズだ。
絶世の美少女といえる美しさを持つナディアの姉である。しかし、ナディア以外には全くといっていいほど興味がないヴァンは、フェールの事をナディアの姉であると認識していなかった。その美しさに見ほれる事もない。
ヴァンにとっての一番は何処までもナディアであり、他の存在は目に入っていないらしい。
「―――えーと?」
ヴァンはこんな知り合い居たかなと首をかしげる。
フェールにも、フェールの周りにいる侍女たちにも見覚えがないヴァンは自分がどうして呼び止められたのかもさっぱりわからなかった。
「―――貴方、私が会いたいとのお誘いは断る癖にナディアには会いにいかれるの?」
「へ?」
フェールの怒りのこもった言葉に、ヴァンは不思議そうな顔である。
それもそのはずだ。フェールは確かにヴァン宛に『お会いしたい』という連絡をしたものの、それはディグの所で差し止められている。
第一王女などという存在に会うにはまだはやいという判断からだったが、そんなのフェールは知る術もない。そしてディグにとっての誤算だったのは、フェールが自ら足を運びあいにくるほどにヴァンに関心を持っていたということであろう。
「この私の誘いを断る時点で許しがたいものですわ。今すぐ許しを請うなら許してさしあげないこともありませんわ。さぁ、この私に向かって許しを請いなさい」
「………っていうか、誰?」
許しを請いなさいと凛とした態度で言い放つフェールに向かって、ヴァンが放った言葉といえばそんな疑問であった。
ヴァンの言葉に空気が固まる。
「会いたいというお誘いとかよくわからないし、俺は師匠に人に会わずにナディア様のもとに行けって言われているから怒られるから俺の事は居なかったものにして……ください」
ヴァン、相手が王族とかよくわからずにそんな発言である。ナディアに折角会いに行こうとしているのに、邪魔をされてヴァンは不機嫌そうであった。
最後だけ敬語なのは、あ、目の前の存在は貴族だと言い放った後で気づいたからである。
言われたフェールや侍女たちは「無礼者」と憤りを感じるよりも、驚愕していた。
まるでフェールのことを知らないといった態度に。
フェールに話しかけられたことよりもディグに怒られる事を気にしていることに。
「それじゃあ、俺は急ぐので」
と、言うだけ言って去ろうとしたヴァンはもちろん正気に戻ったフェールにまた引き留められた。
「ま、待ちなさい」
「……俺に何か用ですか?」
「貴方、まさか、この私が誰かわからないとでもいうのですの!?」
自慢じゃないが、この国の王女として注目を浴び続け、知らぬ人はいないといわれるような美貌を持つようなフェールである。自分の有名さをよく理解しており、王都に住んでいたというこの平民の少年も自分の事ぐらい認識しているのは当然だと思っていた。
だというのに、ナディアの事はよく知っている風なのに、第一王女であるフェールにあろうことか、「誰?」などと目の前の存在はのたまうのである。
「……えっと、ごめんなさい、わかんないです」
などと正直に申し訳なさそうに言うヴァンにフェールはショックを受けたような表情を浮かべた。
「………私は、このカインズ王国の国王であられるシードル・カインズの長女フェール・カインズですわ! その頭に今すぐ、この私の名を刻みこみなさい!」
「ナディア様のお姉さん?」
問いかけるヴァンはやっぱりすべてがナディアが基準である。フェールの事を第一王女ではなく、ナディアの姉として認識していた。
「私の名を知らずにナディアのみを知っているなどと――」
「はっ、もう時間が結構過ぎてる。俺もう行きますね」
「ちょっと、待ちなさい!」
ナディアの元へと駆け出そうとするヴァン。それを引き留めるフェールたち。
そんな光景はその場にヴァンの魔法師の弟子仲間であるクアンとギルガランが来るまで続いた。
―――ヴァンと第一王女の出会いについて
(ヴァンと第一王女様はそうやって出会いました。ヴァンの関心は彼女には全くと言ってありません)
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