48.相変わらずのヴァンについて
さて、王族貴族間の間でヴァンに対する関心は高まっているといってよい。ヴァンがどういう人間であるのか、そういうことに興味津々である。あわよくばその年で《竜殺し(ドラゴンキラー)》の称号を持つヴァンの事を自分の勢力に引き入れたいなどといった思惑のものも多くいる。
《火炎の魔法師》、ディグ・マラナラの弟子に人々は興味を持ってならない。
そんな状況であるが、
「師匠、ナディア様の所いっちゃダメ?」
と、ヴァンは呑気に言うぐらいにはいつも通りであった。
《竜殺し(ドラゴンキラー)》などという称号をその年で持つという事には意味があり、大変な偉業である。そんな偉業を成し遂げたというのだから本来なら調子に乗って自惚れてしまっても仕方がない事態である。
少なくとも周りも、自身も、そんな偉業を成し遂げたとなれば色々と変わってしまうものであろう。
しかしだ、このヴァンという少年、やっぱり色々ずれている。
自分が偉業を成し遂げたというのに、感覚は全然変わっていないのである。それも仕方がない事なのかもしれない。ヴァンは自身が魔法を使えようとも、召喚獣と大量に契約をしていようとも、《火炎の魔法師》の弟子になろうとも、それでも一切変わらなかった少年である。
危機感が全くないヴァンに、ディグはため息を吐いた。
「ダメだって言ってるだろうが。お前な、自分がどういう状況かもう少し自覚をしろ」
「どういう状況って言われても……」
「お前は十二歳という年で《竜殺し(ドラゴンキラー)》の称号を手に入れたんだ。その意味をもっと考えろって言ってんだよ」
「ドラゴンを殺したってだけでしょ? 俺結構苦戦したし、そこまで騒ぐことではないと思うんだけど」
ヴァンの感覚的にその程度らしい。本人的にはドラゴンを殺したけれど苦戦したし、そこまで騒ぐことではないと思っているらしい。
普通の感覚がヴァンは相変わらずわかっていなかった。
「十二歳で《竜殺し(ドラゴンキラー)》っていうのは普通に考えておかしいからな。お前という戦力を引き込みたいっていう連中が沢山いるんだよ。それをもっと自覚しろ」
そうディグは告げて、続ける。
「いいか、ヴァン。お前にはそれだけの価値がある。貴族連中に興味をもたれるぐらいの価値はある。お前はそういう連中との付き合い方もこれから学んでいかなければならないんだ」
「うーん、俺上手く出来る自信ないよ」
「自信ないとかじゃなくてな、お前がナディア様の隣に並ぶためにはそういうものを学ぶことも必要だからな? せめて利用されないようにはなれよ。お前も嫌だろう? 利用されて、ナディア様に不利なことになるとか」
「え、それは嫌だ。ナディア様の傍に居るために必要だっていうなら俺、頑張る」
そんな即答に、ディグはなんとも言えない気持ちになった。
(相変わらずこいつ、ナディア様の話出すとすぐに飛びついてくるな。というか、ナディア様が理由じゃなきゃ動かねえとか本当ブレねぇな)
ヴァンはナディアの事ではなければ本当に動かない。ナディアが最優先で、他の存在は全てナディアのその次である。それでいて、ほとんど他人に関心がない。
ナディアという存在が居なければ、ヴァンは魔法を学び召喚獣を従うこともなかった。
ナディアという存在が居なければ、ヴァンはディグの弟子になることもなかった。
本当にナディアが思考の中心である。本当にそれ以外どうでもいいというヴァンはナディア次第でどうにでも転ぶだろう。
(ナディア様にはしっかりこいつが悪い方向に行かないようにしてもらわなければ。それにナディア様自身も悪い方向に行かないようにしなければだな。ナディア様がそっちに向かったら絶対こいつついていくだろう)
ディグはそんなことを危惧していた。
例えばナディアが闇落ちするなんてことが万が一あれば、ヴァンも同じ道をたどるだろう。他の何を捨ててでも、ナディアについていくだろう。ナディアが居れば幸せだといわんばかりにほかの物を切り捨てるだろう。
それが容易に想像できてしまうからこその、危惧だ。
現状ナディアが闇落ちする要素は欠片もないが、万が一という事もある。
(そうなった場合、この国は終わる)
そう思えるだけの力をヴァンは持っている。
「……でも、師匠。まだ俺が対応できないのはわかるけど、それでもナディア様に会いたい。ドラゴン倒してから全然あえてないから」
目の前でナディアに会いたいとしゅんとしていようが、ヴァンは普通に考えてそれだけの危険性を持っているのだ。
「師匠、ダメ?」
―――いくら、本人に自覚がないにしてもだ。
何度も何度も言われて、ディグは「じゃあ一度だけ、あまり人と接触せずに行け」というのであった。
―――相変わらずのヴァンについて
(相変わらず本人的には自覚が全くないヴァンである。呑気にナディアに会いたいなどと口にする彼は師匠の危惧を一切知らない)
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