とある図書館司書の驚愕
二年ほど前の事だろうか、カインズ王国の王立図書館にとある平民の少年がしばらくの間やってきたのは。
王都に住まう平凡な平民らしいその少年の事を、王立図書館の司書という栄えある地位についているツィリア・ウィーンカは覚えていた。ウィーンカ商家の娘として生まれた彼女は本が好きで、それゆえに貴族ばかりの学園に通い、図書館の司書という地位についたのである。
本に囲まれたいという理由で司書になった彼女は、職員としても利用者としても毎日のように図書館に訪れている女性であった。
そして記憶力もある彼女は、この王立図書館を訪れる利用者たちの顔をほとんど丸暗記していた。その驚異的な暗記力もあって司書の地位についている。数多ある本の場所を全て覚えており、一度読んだ本の内容も覚えているというそんな彼女が覚えている印象深い少年が居た。
その少年は文字が読めないというのになぜか図書館にやってきて、何故か使えもしないだろう魔法と召喚獣についての本を読んでいたのである。
他の司書たちはその少年が「この文字なんて読むの?」とか問いかけてきても相手にしていなかったが、彼女は時間が空いている時は文字を教えてあげた。魔法や召喚獣についての本の中身は少年のためにはならないだろうけれども、文字を覚える事は悪い事ではないと思ったからだ。最も平民が文字を覚えたところで使う場面はほとんどないかもしれないが、それでも彼女は本が好きで、本を読む人が増えてくれればいいといった感情を持ち合わせていたため教えたのである。
少しずつ本を読めるようになった少年は、なんとなくで魔法と召喚獣についての本を読んでいた。
ツィリアは少年がもっと読みたいと文字を教わりにくることを期待していたが、少年はなんとなくでも読めたら満足したらしい。しばらく図書館に通ってなんとなくで、魔法と召喚獣の本を読んでいたかと思えばその後図書館には来なくなった。
ツィリアはそれを少し残念に思っていたわけだが、まだ十歳ぐらいの少年であったし飽きたのだろうと考えていたのである。さて、何故ツィリアが二年も前にやってきた少し印象に残るぐらいの少年の事を思い出したかといえば、その少年が新聞に載っていたからである。
「はっ!?」
一人暮らしの部屋の中でツィリアは驚愕の声を上げたものである。
「……《火炎の魔法師》ディグ・マナラナ様の弟子になった少年ヴァンが活性化していた《レッドドラゴン》を打ち取った。ここに新たな英雄伝の幕開けか!? ってえええええええええええええええええええええ?」
もう近所迷惑とかそっちのけで叫んでしまったものである。
それも無理もないことである。ツィリアは意味がわからなかった。
(え、これってあの時の少年だよね。文字が読めないっていうのに図書館にやってきていた。覚えているけど、え!? 確かに魔法と召喚獣の本読んでたけど。あれ、まさかあれって本気でそれを覚えてたの? えっと、新聞によると少年が弟子になったのってつい数か月前ってえ!? じゃあその間何していたの? 召喚獣まで従えているし、どういうこと? 本気であの時覚えてたの? え、意味わかんない。ちょっと文字覚えたとしても内容理解しても普通使えないでしょ)
ツィリアは大混乱である。
マジマジとヴァンの写真を見る。確かに二年前に図書館にやってきていた少年である。間違いはないとツィリアは思う。
「………十二歳で《竜殺し(ドラゴンキラー)》とか、私凄い人に軽い気持ちで文字教えたの?」
まさに驚愕である。
ちなみに彼女が文字を教えなければ文字が読めないってヴァンは魔法と召喚獣に関して中々上達しなかっただろうし、もしかしたらあきらめた可能性もあるので彼女の行った事は本人が思っているよりもヴァンに多大な影響を与えている。
大げさな言い方をすれば未来の英雄を生み出すきっかけを使った一人とも言えなくもなかった。
誰かにこの驚愕の気持ちを教えたくなったツィリアであるが、いろんな人にそのことをいってもなかなか信じてもらえないのであった。
それも二年前まで文字を読めなかった存在が《火炎の魔法師》の弟子になるはずがないという理由からだった。
――――とある図書館司書の驚愕
(図書館司書も軽い気持ちで文字を教えた少年が《竜殺し(ドラゴンキラー)》になっていて驚きです)
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