第100話



けっきょく2人を抱えて、無理やり国境を越えた。


イーラはなんとかなだめて短剣にさせた。代わりに内ポケットにしまうという約束をさせられたが、意図がよくわからなかった。

意図はわからないが別に動きに支障が出るわけではないから聞き入れたがな。それほどまでに俺はガンザーラを出たかったみたいだ。


国境を越えたときには既に薄暗く、最初の村に着いたときには完全に夜だった。


これは宿に一泊して、起きたら町に戻るか。




「今は8人だが、後で1人増えるから5人部屋と4人部屋を頼む。」


宿の店主に注文した。

今はイーラが短剣だから8人分で部屋を借りることもできるが、なんか悪い気がした。朝になれば戻ってるかもしれないしな。


宿屋の店主はアリアたちを見たあとに俺を見て笑顔を向ける。


「二泊でよろしいか?」


「は?一泊だ。」


宿屋側から二泊を勧められたのは初めてだ。


「一泊だと銀貨9枚だが、二泊なら銀貨15枚だ。二泊でよろしいか?」


「よろしくねぇよ。一泊で十分だ。朝には町に戻るからな。」


なんなんだこの宿は。

なぜ俺を二泊させたがる?


そもそも宿だけじゃなく、この村自体がなんか変だ。夜の見回りをしてるっぽいやつらにもジロジロと見られたしな。

そんなによそ者が珍しいのか?

こんだけ冒険者が溢れてる世界なんだから、国境近くの村に冒険者が立ち寄るなんて珍しくはないだろ。

まぁ女2人を抱えて、夜に村に入ってくるやつは珍しいのかもしれないが。


「せっかくなので観光をして行ってはいかがか?」


「観光名所でもあんのか?」


そういや異世界に来たんだから観光とかもありかもな。

今までは余裕がなかったからそんな発想もなかったが。


「………………あぁ、大きな滝があるぞ。」


「そんだけ悩んで滝かよ!この世界ならどこにでもありそうじゃねぇか。」


「いや、この少し先にある山の滝より大きい滝を俺は見たことがない。」


そんなに立派な滝なのか。

それなら帰りに見てから帰るのもありか?


「あんたは滝に詳しいのか?」


「………………いや。」


なんなのこいつ?


「お前は俺を馬鹿にしてるのか?」


「いやいやいやいやいやいやいや!えっと、一泊だったな。銀貨9枚だ。」


このおっさん急に汗をかき始めたぞ。

というか慌てすぎだろ。子どもを連れた冒険者にビビる程度なら最初から余計なことはいうなよ。


店主に銀貨9枚を渡して部屋の鍵を受け取った。


部屋割りは5人部屋が俺、イーラ、テンコ、ヒトミ、ソフィア。

4人部屋がアリア、セリナ、カレン、アオイ、サラだ。


俺が部屋に入ると、イーラが変身しようとする気配を感じたからすぐにチェインメイルを脱いだ。

思った通りイーラは人型になったのだが、そのままべったりとくっついてきた。

比喩表現ではなく、正面から腰あたりをホールドしてくっついている。



「おい。歩きづらいじゃねぇか。俺はこれからシャワーを浴びて早く寝たいんだ。邪魔すんな。」


「…。」


ホールド力が増しただけで、動こうとしない。

もういいや。今日はこのまま寝よう。


ガントレットなどを付けてる腰のベルトだけはずして、服を着替えずにそのまま近場のベッドに横になった。


イーラが俺の胸に顔をグリグリとしてくるのが地味に痛い。

イーラはけっこうパワーがあるからな。


とりあえず俺が眠るまでなら慰めてやるかと、てきとうに頭を撫でた。


目をつぶって寝ようとしながらだからおざなりな対処だが、イーラのグリグリは止まった。






「…もっと強くなるから捨てないで。」


…は?


眠りに入りかけていたのだが、イーラの呟きで一気に目が覚めた。


「俺がイーラを捨てると思ってるのか?」


イーラのホールド力がさらに増した。


イーラはそんなことを思ってたのか。俺がこの程度で仲間を捨てるやつだと。


「イーラは戦うしか出来ないのに、なんでも出来るアリアに戦いでも負けた…。だからリキ様にとってのイーラの価値がなくなっちゃったから…。」


まぁ奴隷になるやつ全員に使えなければ売るっていってるからな。


それにしても…。


「誰がイーラの価値が戦闘のみだなんていったんだ?」


「イーラは他に出来ることないもん…。」


自分で思い込んでるだけか。


「勝手に自分の価値を決めるな。人に劣ってると思うならさらに上を目指せばいいだけだ。一度負けたからといって停滞を選ぶやつは俺は嫌いだ。逆に人の上にいるからといって努力を怠るやつも嫌いだ。」


イーラは顔を上げて俺を見て、困った顔をしている。

イーラには難しすぎたか?


「要するにだ。一時の勝敗なんか生きてさえいればどうでもいい。俺と一緒にいたいなら、常に努力し続けろ。わかったか?」


「はい!」


さらにホールド力が増して、背中がミシッといったぞ!?

こんな華奢な体でこの馬鹿力、さすが魔族だな。


俺の胸にグリグリしてるイーラの顔が笑ってるからとりあえずこれでいいだろう。




しばらく頭を撫でていたらイーラは眠ったようだ。

ホールドを解いて、ベッドから降りる。


さて、この原因を作った張本人の言い訳を聞いてみるか。


「おい、ソフィア。」


「は、はい!」


ソフィアは勢いよくベッドの上で飛び跳ねて、着地と同時に正座した。


この反応…一応は余計なことをした責任は感じてるのか?


ソフィアのベッドまで歩いていき、正座するソフィアの目の前に立った。


「わかってると思うが、お前のせいで面倒なことになった。なんで序列を決めようなんて勝手に提案しやがった?」


「申し訳ございませんでした。」


最近よく土下座を見るせいか俺の中での土下座の価値が下がりつつあるな。そのせいか土下座をされても反省してるように感じられない。


「聞こえなかったか?俺は理由を聞いたんだから謝罪なんかいらない。それとも俺の言葉は聞く価値もないと?」


勢いよく頭を上げたソフィアの顔が青ざめていた。


「ワタクシの理解力が足りずに不快な思いをさせてしまい申し訳ございません!リキ様が戦闘奴隷を集めていると思いまして、いち早くワタクシの有用性を見せたく、勝手な提案をしてしまいました。」


「有用性ねぇ。けっきょく何もできなかったうえに主に自分を持ち運ばせたわけだ。自分の立場をよくわかっていらっしゃる。」


笑顔を向けると、ソフィアの顔が青を通り越して白くなっている。

ビビりすぎだろ。最初の威勢はどうしたんだか。


「いえ!あの…この命をもって償わせていただきます。」


「は?奴隷の命はそもそも主の物だろ?それを勝手に償いに使うってのは俺を馬鹿にしてるのか?」


もしガンザーラでは奴隷にも人権があるんだとしても、金を出して買ったのに勝手に死ぬとかふざけてんのかって話だよな。


「そんなことはありません!あの…その…。」


口をパクパクさせて目を潤ませている。

泣いて有耶無耶にしようとしないのは悪くない。ただ、言葉が思い浮かばないのか、何もいえてないがな。


十分反省しただろうからこのくらいにしておいてやるか。


「まぁ今後の活躍で償ってもらうとしよう。」


「え?懲罰はないのでしょうか?」


「欲しいのか?」


ソフィアはドMなのか?

もし罰を与えて欲しくてやったなら許すわけにはいかないな。


「いえ!寛大な処置に感謝いたします。」


「わかったならもう寝ろ。明日は俺が起き次第、町に帰るからな。」


「はい。」


ソフィアとの話が終わり、寝るためのベッドを空いてるのにするか、イーラが寝ているベッドにするかで迷ったが、起きたときにイーラが不機嫌になってたら面倒だから今日は一緒に寝てやるか。


元いたベッドに戻り、眠りに入った。





朝になると、イーラは機嫌が直っていて、カレンは動けるようになっていた。

ソフィアも立ち直っているようだ。まぁ少しおとなしくなった気もするがな。


これで町までイーラに乗って行けるだろう。


宿のチェックアウトを済ませると、宿屋の主人に朝食を勧められた。

本来は有料なんだが、今日は作りすぎてしまったから無料でいいといわれたが、怪しすぎる。


さすがに毒なんかは入っていないだろうが、なんか嫌だから断って外に出ると、今度は村人から必要以上に話しかけられてなかなか村から出られない。


なんだ?もしかして冒険者が珍しいのか?


無理に振り切るのも面倒だったから、てきとうに話して切り上げるを繰り返していたら、セリナが一瞬驚いた顔をした。


なんだ?


「リキ様。約束、忘れにゃいでね。」


セリナに話しかけられたため、セリナの視線の先を見るのをやめた。


「約束?セリナとなんか約束してたか?」


セリナとの約束を思い出そうとしていたら、後ろから腰に何かがぶつかった。


不意をつかれたせいで、全く気づかなかった。痛みはないから攻撃されたわけではないようだが、完全に油断していた。

まぁ接近に気づいていたであろうセリナが何もいわなかったのだから、問題なかったのだろうけどな。

感覚的に子どもが抱きついてきた感じだ。

今度は村の子どもか?


首だけ後ろを向いて抱きついてきた子どもを見ると、俺の腰に顔を埋めてるせいで頭と髪からはみ出した尖った耳しか見えないが、観察眼が反応している。


鑑定を使おうとしたら、子どもが顔を上げた。


この顔は忘れていない。自ら俺の前に現れるとはいい度胸だな。


沸々と黒い感情が浮かび上がってくる。


「キャンテコック…。」


俺に抱きついてきたのはキャンテコック・クルミナーデ。恩を仇で返したエルフのガキだった。

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