第95話
巨体にしては動きが速いクズだったが、所詮はその程度でしかなかった。見てれば避けられるし、殴れば当たる。
ただ、ガントレットをしているのに殴ったときにけっこうな抵抗を感じる。
この殴り心地は日本にいた頃の喧嘩を思い出すような感触だ。
最近は殺し合いばかりなうえに殴った感触をあまり感じることがなかったから忘れていたが、懐かしい感覚だ。つってもここまで執拗に殴ったことはないがな。
「いでぇよオイ。なんで打撃が痛いんだよオイ。」
俺と同じくらいありそうなサイズのトゲ付き金棒を振り回しながら、わけのわからないことをいっている。
これだけ殴られてまだ喋る余裕があるんだな。
俺はそこそこ冷静になれる程度には殴ってストレス発散できたが、この程度で終わらせるつもりはない。
クズの攻撃を避けながら、アイテムボックスからダメージ貫通の剣を取り出す。
「なぁオイ。金はやるからそろそろ手打ちにしねぇか?」
「さっきからうるせぇな。黙れや。」
クズの足を払ってバランスを崩したところでクズの胸を左手で押して仰向けに倒し、振り上げた剣をクズの左肩を狙って振り下ろす。
力の限り打ち付けたから、なんとか切断できた。
クズは何が起きたかわかってないようだが、血は流れ出ている。これじゃあ死んじまうな。
『上級魔法:熱』
ジュッという音がして、肉が焼ける匂いが洞窟の中に漂った。
「うぉぉぉぉおぉぉぉおおぉぉ!」
クズは右手で焼け塞がれた傷口を押さえて蹲り、叫び始めた。
洞窟だから音が反響して、マジでうるせぇ。
蹲ってるから右肩を狙うのは難しそうだな。ここから狙えるのは右足かな。
もう一度剣を振り上げ、クズの右足の付け根辺りを狙って振り下ろした。
「ぐあっ…。」
叫びが止まった。
気絶したのかと思ったが、そうではないらしい。
さらに蹲って体を強張らせていた。
痛みが限界を超えて、叫ぶ余裕もなくなったのか?
思い切り剣を叩きつけたのにクズの足は腕より太いせいか、6割程度のところで剣が止まってしまった。
どうするか。
一旦無理やり引き抜き、同じところに打ち付けた。
ちょっとズレたが、なんとか切断できたな。
『上級魔法:熱』
クズは焼けた痛みに跳ね上がり、そのまま転がって俺から少し距離を取った。
またどこからか剣を取り出した。
何かが剣に込められているな。
魔法陣が刻まれてる剣なのか?だとしたら何か魔法が来ることを気をつけないとと思い、剣を前に構えた。
「来るな!来るな!来るなーーーーっ!」
クズは駄々をこねる子どものように右手で剣を振り回し始めた。
全然俺には届かない距離で剣を振っている姿は惨めだな。
いや、危なく油断するところだった。
観察眼のおかげで見えているが、剣が振られた軌道で斬撃が飛んできていた。
クズが振り回したせいで、いくつも斬撃が重なって、俺に向かってきている。
こいつが使ってるのは風の刃みたいなのを出す魔法剣といったところか。
今のが演技なら、こいつは馬鹿じゃあねぇのかもな。
俺は目を瞑る。
『上級魔法:光』
薄暗い洞窟の中が瞼越しでもわかるほど明るくなった。
すぐに魔法を解除し、風の刃を避けながらクズの背後に回る。
次は右肩だ。
振り上げた剣を力任せに振り下ろす。
セリナならもっと綺麗にできるんだろうが、俺は力任せに切断するしかできないから疲れる。
『上級魔法:熱』
クズは振り回していたはずの右腕がいきなり制御下から離れたからか一瞬動きが止まり、転がった右腕を見て我に返ったように転げ回った。
あとは左足か。
俺はゆっくりとクズに近づく。
それに気づいたクズは左足を使って体を引きずりながら後退していく。
だが、うまく動けないようですぐに追いついた。
「やめろ。やめろ。やめろ…。」
クズは下がるのをやめ、機械のように「やめろ。」と繰り返し始めたが、知ったことではない。
クズの左足にまたがり、剣を逆手に持ち、両手で胸元まで上げた剣をクズの左足の付け根に突き刺す。
この刺し方だと勢いが足りなかったみたいで剣が骨で止まっちまった。
クズがやめろの連呼をやめ、ジタバタしだしたことにより、グズグズと剣が刺さっていく。
そのまま剣に力を込めると、ゴリッというくぐもった音がして、クズの左足を貫いたみたいだ。
『上級魔法:熱』
止血はしたが、既にけっこうな血を流したからか、クズの顔が青白い。でも唇はまだ赤いから大丈夫だろう。
「これでゆっくり会話ができるな。さて、お前が攫ったなかでまだ生きているのは他にもいるのか?」
「うぅ…。」
『上級魔法:石』
ん?これは魔法なのに無から作れるわけではないのか。
なんか選ばなきゃならないっぽいから地面を選ぶと地面が少し盛り上がり、それが拳大の石となって俺の手元まで上がってきた。
もっと細長い方がいいな。
イメージをしながらMPを注ぐと、どんどん鋭くなり、俺の肘から手首ほどの長さのかなり鋭いトゲとなった。
無から作ったわけではないなら魔法を解除しても消えないのか?
試しに解除したが、石のトゲは手元に残った。
『上級魔法:熱』
『エンチャント』
石に熱を付与したが、ガントレットをしているからなのか熱さを感じない。
もしかしたら俺の魔法だから自分にはダメージがないだけかもしれないがな。
クズの腹を刺すとジュッと焼けた音と匂いがするから魔法が失敗したわけではないようだ。
「があぁぁぁぁっ。」
「俺は質問をしてるんだ。答えろ。」
「ぐあっ、な、うぅ…なんて?」
さっきとは違う位置を刺す。
「人の話はちゃんと聞いとけ、クズが。お前が攫った人間の生き残りはいるのかと聞いてるんだよ。」
さらに違う位置を刺す。
「もう…やめてくれ。奥に…2人いるから。」
「それだけか?」
また違う位置を刺す。
「それだけ…だ。だから…もう、やめて…くれ。」
「そうか。」
最後に口に石のトゲを入れ、内側から頬を貫いてから引き抜いた。
「あ、あ、あ、あぁ…。」
頬の傷は完全には焼き塞がらなかった。
エンチャントで付与したものは永続的というわけじゃねぇんだな。
とりあえず男はその場に放置して洞窟の奥へと進むことにした。
石のトゲは…持ってくか。
奥に50メートルほど進むと、広い空間となり、裸の女が2人横になっているみたいだ。
どこを見ているのかわからないが、放心しているように見える。
大人は慰み者にでもされたのか?
まずは近い方の女に近寄って見ると、黒目だけがこちらに動いた。
若干やつれているようではあるが、完全に精神が死んでるわけではなさそうだな。
「俺は今から洞窟から出て、最寄りの村に行く予定なんだが、一緒に来るか?それともここに残るか?」
「…助けてくれるのですか?」
「悪いが面倒を見てやるつもりはない。村までに魔物が出たなら退治してやるが、村まで連れて行く以上のことは一切しない。それでもいいなら連れてってやるぞ?」
女は涙を流しながら、弱った体を起こそうとして失敗した。
「…ありがとうございます。お願いします。」
また起き上がろうとして失敗した。
だいぶ弱ってるな。
「怪我はないか?ないなら担ぐぞ。」
「…怪我はありません。本当にありがとうございます。お名前をお聞きしてもいいでしょうか?」
「あ?俺は神野力だ。力が名前だ。」
「ありがとうございます。リキ様。」
1人ならおんぶか抱っこでも良かったが、もう1人いるからこいつは左肩に担いだ。
若干苦しそうにしてるが、少しの辛抱だから我慢してもらうか。
次は奥の女に近寄ったが、こっちは泣いてるようだ。
肉体的にも普通そうだから、攫われて間もないのかもな。
「おい。これから洞窟から出て、最寄りの村まで行くんだが、一緒に来るか?それともここに残るか?」
涙で顔をグシャグシャにしたまま女は顔を上げて俺を見た。
俺と歳が近そうだな。
「あの男は?」
「どの男かわからねぇが、一緒に攫われた彼氏でもいるのか?」
あんま探し回るのは面倒だし、3人を一度に運ぶのは難しいぞ。
「違う!私を犯…あの巨体の盗賊。」
思い出して悔しくなったのか悲しくなったのか、血がにじむほど唇を噛み締めている。
「あいつは向こうで転がってる。復讐したいならこれで刺してくればいい。」
さっき作った石のトゲを女に差し出す。
女はわけがわからないという顔をしながらも石のトゲを受け取った。
「で、どうするんだ?俺はもう戻りたいんだが?」
アリアたちを待たせてるからな。
「行きます!連れてってください!」
女は立ち上がって涙を腕で拭った。
とりあえずローブを貸してやろうかと思ったが、1着しかねぇんだよな。
ケモーナで買ったのは着たところでほぼ何も隠せないだろうしな。
しゃーない。ジャージを使うか。
自分で歩けそうな目の前の女にはローブを渡し、肩に担いだ女には上からジャージを乗せて、ケツだけ隠してやる。
ジャージじゃどうせ全部は隠れないし、一度下ろしてから着せてやるのはさすがにめんどいからな。
女がローブを着るのを待って出口に向かう。
途中でクズの回収もしたのだが、ローブの女が吐きやがった。
確かに改めて見たらグロいわ臭いわだからしゃーないとは思うが、せめて壁側を向いて吐けよ。
「ローブは汚すなよ。」
女の吐き気が治まるのを待つつもりはないから、クズの胸元を掴んで引きずりながら先に歩きだした。
引きずってるせいで担いでる女の視界にクズが入ったからなのか、うぇっといってるのが聞こえた。でも女は吐くものがないのか俺の背中は無事みたいだ。
「俺に吐きかけたら置いてくからな。」
どうやら担いでる女は我慢出来たみたいだ。
洞窟の外に出るとリーダーもどきがいた。
すっかり忘れてたわ。
「お頭!?」
「こいつは国に差し出して金に変えるから連れてく。お前はそこで待ってろ。こいつらを仲間のところに連れてったらまた戻ってくる。逃げたらわかってるな?」
「も、もちろんです!」
とりあえず一度戻るか。
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