第87話



腕の中で子どもがモソモソと動き始めた。


やっと起きたか?


そのことに気づいたセリナが立ち止まって振り向き、それにつられてアリアとイーラも止まって振り向いた。


まだ子どもは声も発してないのに起きたことに気づくとか、セリナはどんだけ超感覚なんだよ。


「起きたか?怪我は治してるから自分で歩けるだろ?下ろすぞ。」


子どもは顔を上げてこっちを見て頷いた。


ん?さっきはちゃんと見てなかったけど、ほぼ人族っぽいのに顔の一部がなんか違うな。皮膚が一部だけ爬虫類っぽくなっている。


人体実験でもされたのか?


足から地面に下ろし、立たせてやる。


ちょっとフラフラしているが、大丈夫そうだ。

肩を強張らせて、キョロキョロと周りを確認している。


逃げる気か?


「逃げてもいいが、逃げた先で何があろうと助けないからな。」


子どもは肩をビクッと跳ねさせた。


戻れば奴隷商を含む黒服達がいる。あいつらに捕まったら証拠隠滅で消されるか、奴隷にされるか、まぁいいことはなさそうだからな。

でも俺から逃げたやつを助けてやる義理はないから、それでもいいなら逃げればいい。


来る者選ぶが去る者追わずってな。

いや、場合によっちゃ去る者許さずか。


「…自分はどうなるのですか?」


おどおどとした態度で確認をとってきた。


見た目的にはアリアより小さいから6歳くらいか?

髪はセミロングで、顔の作りは子どもっぽい可愛らしさはあるが、右側のこめかみから目元、頰付近が爬虫類のようになっているから、人によっては嫌がられそうな感じだな。


服装はボロボロの服にローブを着せただけだから、かなりぶかぶかで動くのも大変だろう。

これじゃ逃げようと思っても逃げられねぇな。


「帰りたいなら冒険者ギルドまでなら送ってやるぞ?」


「自分は帰るところはないのです…。」


どういうことだ?生まれながらのスラム育ちなのか?


「…リキ様。たぶんですが、彼女は|鱗族(うろこぞく)で先祖返りをしてしまったから捨てられたのだと思います。そこを奴隷狩りに攫われたのだと思います。」


いや、そんな当たり前のようにいわれても全くわからんぞ?


「…今の鱗族は見た目は人族と変わりありません。そして、差別されないように人族になりすまして暮らしています。ですが、先祖返りをしてしまうと鱗族だと一目でわかるため、自分の子でも捨てたり奴隷として売ったり、場合によっては殺してしまうこともあるそうです。」


自分の子にたいしてそれは酷すぎるだろ…。


「差別されないようにって鱗族ってだけで差別されるものなのか?」


「…昔の鱗族は鬼に勝るともいわれるほどの力があり、表皮を硬い鱗で覆っているためとても高い防御力を持ち、人によっては生まれながらに魔法耐性がある者もいたそうです。大まかに人間と括られていた中で異常な強さだったため、それに恐れた鬼以外の他の人間が結託して鱗族を人間ではなく魔族だと差別し、戦争をしかけて蹂躙してから古代魔法で種族全体の力を封印したそうです。封印して人族程度の力しかなくなった今でも種族の異常だった強さを恐れられているため、鱗族というだけで差別される可能性が高いです。補足ですが、鬼が魔族といわれている理由には経験値のこと以外にもこの戦争に参加しなかったからというのもあるといわれています。」


そこまで強いと、弱い人間が恐れて鱗族を排斥しようとする気持ちもわからなくはない。

地球でも同じようなこともあるしな。


俺は子どもに向き直る。


「そうなのか?」


「難しいことはわからないのです。でも、自分の顔のせいで捨てられたのは本当なのです。」


こいつは親に捨てられたうえにさっきまで死にそうなくらいの虐待を受けてたっぽいのにやけにハキハキ喋るな。


気にしてないんだとしたら精神的に強すぎだろ。むしろ壊れてるのか?


いや、よく見ると震えてるな。


ちゃんと喋らないと暴力を振るわれるとでも思ってるのか?


「そうか。それでお前自身はどうしたいんだ?」


「…。」


子どもは俯いて悲しそうな顔をした。

せっかく気丈に振る舞ってたっぽいのに泣きそうになってるな。

そりゃ捨てられた子どもからしたら、そもそも選択肢がないのにどうしたいも何も選べねぇか。


「じゃあ俺からお前に選択肢をやるから選べ。1つはここでサヨナラだ。もし世話してくれそうな当てがあるなら、冒険者ギルドまでなら送ってやる。2つ目は俺の奴隷となって魔物と戦うだ。俺は戦闘奴隷を集めてるからな。やる気があるなら今は弱くても大丈夫だが、一度奴隷になったら解放されることはないと思え。3つ目は俺以外のやつの奴隷になるだな。まぁ他のやつがどう扱うかはわからないが、運が良ければ幸せになれるのかもな。もちろんこの3つ以外でもしたいことがあるならそれでかまわない。さぁ、どうする?」


「…。」


一度顔を上げて困った顔をしてから、また俯いた。


そういや今回は鑑定してなかったな。


返答を待つ間に鑑定しておくか。


鑑定を発動した瞬間、子どもが驚いた顔で俺を見た。



サラクローサ・アルドラゴ 鱗族  6歳

鱗族LV1

状態異常:なし



なんだ?今の反応って、こいつは鑑定されたってのがわかるのか?


「どうした?」


「心を覗かれた気がしたのです。」


どうやらわかるみたいだな。

そんな感覚を持ってるやつがいるのか。それとも今までのやつはあえて反応しなかっただけで実は鑑定されたら気づくものなのか?


アリアに視線を向けて鑑定を発動してみたが、アリアはこれといって反応しなかった。


「アリア。何か感じたか?」


「…何かを見られているという感じがしましたが、意識を向けなければそこまで気になるほどではありません。」


わかるものなのか?

でも今思えば、見られてるときになんか嫌な感じがすることがあったな。

あれが鑑定を使われてる感覚なのか?


だとしたら確かに知らなければジロジロ見られて嫌だなくらいにしか感じないし、鑑定だとは思いもしないな。

実際俺はそんなジロジロ見てんじゃねぇよくらいにしか思ってなかったし。


ようするにサラクローサはその辺りが敏感なのかもな。

そういった感覚を人以上に持ってるやつは何かと役に立ちそうだ。


「ちなみに先祖返りをした鱗族ってのは強かったりするのか?」


「…ごめんなさい。わかりません。ですが、特殊な力を持ってる場合があると聞いたことがあります。」


「いや、十分な情報だ。」


今度は俯いてる子どもに近づき、しゃがんで目線を合わせて肩を掴んだ。


子どもは肩をビクッと震わせ、顔を強張らせた。


「お前は何か特殊な力を持ってるか?」


ふと子どもの右目が爬虫類のような目に変わった。

いきなりだと地味に怖いな。


「隠れていても暗闇の中でも生き物がいるのがわかるのです。」


確か爬虫類の目って蛇とかだと温度を見ることができるんだったか?サーモグラフィー的な感じに。


こいつはそれと同じように見えるってことか?


これはけっこう使えそうだな。


「他にはなにかあるか?」


「…鱗がひんやり冷たいのです。」


それは特殊な力ではないな。

つまり他にはないってことか。


「俺らはそろそろ帰りたいんだが、どれを選択するかは決まったか?」


「…。」


また俯いてしまった。

まぁ自ら奴隷なんて選びたくはないわな。

だからといってここでサヨナラも嫌だってことか。


「お前は何か夢とかあるか?」


「自分はお嫁さんになるのが夢なのです。」


なんだろう。こんな純粋なやつはこの世界で初めて会ったな。

いや、純粋といえばイーラもか。


サラクローサの純粋さは恵まれた環境で育ったうえでの純粋さだろう。


だから見ていて眩しいし、可哀想になる。


「その夢は俺には叶えられねぇが、俺の奴隷になれば戦闘以外ではある程度の自由を許してる。べつに町や村で彼氏を作っても冒険に影響がでなければ文句はいわねぇ。」


「彼氏?」


「恋仲の異性のことだ。」


サラクローサはそれでもよくわかってないようで、首を傾げている。


なんかそろそろ面倒になってきたな。


「もうこれが最後の確認だ。俺の奴隷になった場合の利点は衣食住は困らないだ。欠点は強制的に戦闘をさせられる。一生奴隷である。俺の命令は絶対。あと家名を失うくらいか?もっとあるかもしれねぇが今は思い浮かばねぇ。さぁどうする?答えないならここでサヨナラだ。お前の意思で決めろ。」


一気にいったせいか、サラクローサはアワアワしている。


少しの静寂の後、サラクローサは口を開いた。


「…連れて行ってほしいのです。」


なんか無理やりいわせた感が否めないが、いつまでも待ってやるほど俺は心が広くないからな。


「じゃあ奴隷契約をするぞ。いいんだな?」


「はい。」


覚悟が決まったサラクローサの頭に手を置き、奴隷契約を発動させた。


俺の右手から生まれた黒い何かがサラクローサの頬を伝って鎖骨を通り、胸にとどまり蠢き始めた。


そのままサラクローサの胸の中に吸い込まれていき、奴隷紋が浮かび上がったのがボロボロの服の隙間から見えた。



奴隷画面を確認すると奴隷5にサラクローサの名前がある。


前の奴隷が抜けても欠番にはならないんだな。

当たり前か。



奴隷5

サラクローサ 6歳

鱗族LV1

状態異常:なし

スキル 『先祖返り』

加護 『炎耐性』『成長補強」『成長増々』『状態維持』『成長促進』『奴隷補強』


先祖返りってスキルだったのか?



先祖返り…種族本来の力を発揮することができるスキル。



常時発動型ではないみたいだから、顔の鱗はスキルとは別物か。


どんなスキルなんだ?


「ちょっとスキルの先祖返りを使ってみろ。」


「嫌なのです!」


ハッキリと断られた。

奴隷としての自覚が足らねえな。


「さっきもいったが俺の奴隷なら俺の命令は絶対だ。俺の奴隷のルールは『俺を裏切らない』と『俺の命令は絶対』の2つだ。この2つは必ず守れ。」


「…でも先祖返りは嫌なのです。」


ずいぶん頑なだな。

ガキだから許されるなんて思うなよ?


拳を握るとその拳の上から誰かに握られた。


視線を向けるとアリアが俺の拳を両手で掴んでおさえてるようだ。


まぁいい。


「今回は奴隷になりたてだから許すが、今後俺の命令に口答えしたら殴るからな。あと、そんなに『先祖返り』を使いたくないなら、使わなくても戦えるくらいには強くなれよ。そしたらスキルを使わなくてもかまわない。わかったか?」


「はい。」





サラクローサに着せているローブを肩と腰で結んでから、宿へと向かった。

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