第40話



行きは徒歩も含めて7時間近くかかっていたのに、帰りは6時間もかからなかった。


なぜかイーラの速度が上がっていた。


ふと思ったが、ぶっ続けで走ったのにイーラは疲れている様子がない。

気になってPPを確認すると、10%程度しか減っていなかった。


こいつは乗り物としては完璧なんじゃないか?




ちなみに現在はアラフミナの宿に戻っている。



「今日は疲れてるだろうから、寝るなり出かけるなり好きに過ごしてかまわない。ただ、前と同じく市場とこの宿近辺以外は禁止だ。」


「今回はリキ様について行ってもい〜の?」


イーラがまた確認を取ってきた。


「別にかまわないが、俺は奴隷市場に行くだけだからつまらないぞ?」


「にゃにしに行くの?」


今度はセリナが確認を取ってきた。

セリナは今朝から自然に接するようになった。ハッキリいえば敬語を使わなくなった。


まぁそうしろっていったのは俺だから文句はないし、12歳くらいのガキが気なんて遣うもんじゃないしな。


でも猫だからなのかにゃーにゃーいってんのはちょっとイラッとくるが、さっき確認を取ったところ本人は無意識みたいだから、もう触れないようにした。


「セリナとの約束も果たしたし、そろそろ新しい奴隷を買おうかと思ってな。」


「…私たちだけでは足りませんか?」


なんだかアリアの機嫌が悪い気がする。

正確にいうと今悪くなったというより、昨日の夜から悪い気がする。


気のせいだろうと決めつけていたが、言葉にトゲがある気がするから悪いのだろう。


全くもって理由がわからん。


「強いやつらと戦ってきて、あらためて俺の弱さを実感した。俺の弱さを仲間の助けで補強していくつもりだが、今のままだと一人一人の負担がデカすぎるからな。人数が多いに越したことはない。」


納得しかねるが納得するしかないといいたそうな顔をしている。


弱くてすまんな。

所詮は平和な日本で生まれ育った高校生だからな。


「いつでも良さげな奴隷がいるわけじゃないから、見れるときに見ておこうというだけだ。もちろん良さげなやつがいれば即決で買うがな。で、アリアたちはどうする?」


「…わたしは市場に行きたいと思います。」


「イーラはあそこ嫌い!」


「私も奴隷市場には行かにゃい!」


「そうか。じゃあ好きにしてくれ。まだ昼飯食ってなかったからこれで飯も食っておけ。釣りは取っとけ。」


それぞれに銀貨1枚ずつ渡して、宿を出ようとしたら、アリアがついてきた。


「今日も薬屋に行くのか?」


「…やっぱりリキ様について行きたいです。」


そういって銀貨を返してきた。


なんでそんなすぐに心変わりしたんだ?

まぁ別にかまわないが。


「それはいいけど、なら鍵はセリナに渡しておけ。」


「…はい。」


鍵はずっとアリアに持たせていた。

アリアが一番しっかりしてるからな。

たぶん俺よりも。



アリアがセリナに鍵を渡して戻ってきてから奴隷市場に向かった。







「お久しぶりでございます。リキ様。」


一昨日のことはなかったことにしてくれているようだ。

さすがは商売人だな。


「おう。今日奴隷を見に来た。」


「かしこまりました。あれから新しい戦闘奴隷も入荷しておりますので、ゆっくり見ていってください。」


そういって奴隷商は案内を始めた。



地下に下り、いつものフロアを…スルーした。

戦闘奴隷のフロアに直行するつもりみたいだ。


「おい。こっちは見ないのか?」


「リキ様はいつも興味がなさそうなので、見る必要がないと思ってしまいました。」


それは間違いでもないが、俺がいいっていっても見せてくる奴隷商がそんな気を遣うとは思えない。


それに前回買ったセリナは性奴隷のフロアだぞ?

絶対何か隠してやがる。


「せっかくだから全部見たい。案内してくれ。」


「…はい。かしこまりました。」


少しだけ間があったが、すぐにあの怖い笑顔の営業スマイルになった。



いつものように性奴隷のフロアを流し見ていると、あと少しで一周終わるというところで、見たことある顔を見かけてしまった。


相手も俺に気づいたようだ。



「奴隷商。こいつって…。」


上で働いてたやつじゃねぇか?といおうとして、咄嗟に口を噤んだ。


そんなセリフをいったら、アリアに上を利用したのがバレる。

バレたら開き直ればいいが、わざわざ自分からバラすことでもないだろう。


「この者は元スタッフではありますが、違反を犯したので、最初に定めた規約通り奴隷落ちとなりました。」



つまりは俺のせいなのか?

俺があのときこいつの発言を許したせいなのかもしれない。


これは買わなきゃ悪い気がするな。


「ちなみにいくらだ?」


「こちらは金貨1枚にて買取の先約がございます。それでも買いたいという場合は最低金貨2枚となります。その後、先約の方と交渉をし、許可が出れば先約の方に同じく金貨2枚を支払うので、合計金貨4枚となります。金貨4枚は最低額であり、先約の方次第となります。」


先約がいるのか。

それにしてもこいつは目が死んでないな。


「まだ希望があるのか?」


ふと女に話しかけてしまった。

気になってしまったからといってまさか直接聞くなんて、自分でも驚いている。


「かっこよかったから受け入れるわ。」


なんか幸せそうだから罪悪感を持つだけバカバカしいな。


どうぞお幸せに。


奴隷商はこいつを俺に見せないようにしていたのだろう。


意外と気が遣えるんだな。



その後全フロアを見たが、それといって良さげな奴隷はいなかった。


武器が作れるドワーフ族のおっさんはちょっと興味があったが、今のパーティーに男を入れるのは難しいだろう。


なんせ少女しかいないからな。




奴隷商に別れを告げて裏路地を散歩する。


アリアとはこの世界にきて2日目から一緒にいたから長い付き合いだと思っていたが、今までけっこう密度の高い日々を送ってたせいで長く感じていただけで、俺がこの世界に来てからまだ10日くらいしか経ってないんだよな。

正確には11日か?カレンダーとかないから自信がねぇし、別にそこまで細かく知る必要もねぇか。



「そういやアリアと2人ってのも久しぶりだな。」


アリアと2人だったのも3、4日だったしな。


「…はい。とても懐かしく思います。」


「そうだな。最初の頃は生きるのがやっとって感じだったのが懐かしいよ。でも体が治ってからのアリアはしっかりしてるからな。もう手がかからないどころかだいぶ助けられてるよ。感謝する。」


「…私はまだ子どもです。だからちゃんといつまでも見ていて欲しいです。」


「お、おう。そうだな。しっかりしてるから忘れてしまうけど、まだ8歳だもんな。」


「…はい。」


なんだろう?いつものアリアと違う気がする。

さっきまでの不機嫌そうな感じではなくなったが、なんか違う。


話題を変えよう。


「実はアリアと出会う前にスラム街に行ったことがあってな、そのとき見た親子がまだ生きてるか確認しに行こうと思ってる。あそこの空気は気分が悪くなるかもしれないが、ついてくるか?」


あのときは俺自身に余裕が全くなかったから見捨てたが、死にかけの親子がいた。

あれから10日も経ってるから、もう生きてはいないだろうが、実はずっと気になっていた。


たまに夢に出てくるくらいにはあの子どもの目が印象的だった。悪い意味で。


死んだような目をしているのに、人を吸い込むような拒絶するような、それでいて相手に恐怖を与えるような目だった。


俺の表現力ではうまく言葉にできないな。


ようするに、生きてる可能性があるから気になるのだろうから、死んでることを確認して忘れようというわけだ。


「…はい。リキ様が病気に感染したらすぐに治します。」


それは心強いな。


「あぁ、頼んだ。」




しばらく裏路地を歩いていると、空気が変わった。


スラム街に入ったのだろう。


確かこっちの方だった気がする。


うろ覚えの記憶を頼りにしばらく歩くと、記憶に一致する女の子が敵意を向けて俺を見ていた。


「…この方でしょうか?」


「あぁ、まさかあれから10日も経つのにまだ生きているとはな。」


俺が驚きながら見ていたら、そいつは口を開けていきなり飛びかかってきた。


死にかけにしては早いが、不意を突かれても反応できる程度だ。


開いた口を塞ぐように子どもの顔を掴んだ。

手にベチョっと涎がついた感触がして、ちょっと気持ち悪い。


子どもは必死に俺の手を外そうとしているが、さすがに子どもに力負けはしない。

でもけっこう力あるんだなこいつ。


ん?さっきはよく見えなかったが、額の左っ側に小さなツノが生えてるな。

もしかして魔物か?


ジタバタ暴れてんのにいまだに顎が外れてないところを見るとただの人間のガキとは思えないしな。


鑑定を発動。


カレン・ニノミヤ 鬼人 10歳

鬼人族LV10

状態異常:飢餓



もしかして日本人か!?

でも日本人なら漢字表記されるはずだ。勇者も俺も漢字表記だしな。


それにそもそもこいつは人族じゃないしな。


こっちでも日本人っぽい名前があるのだろう。たぶん。



「アリア。鬼人ってのは魔物か?」


「…一部には半魔と呼ばれていますが、大まかにくくれば人間だと思います。鬼族と人族のハーフです。鬼族を魔族という人がいるため、半魔といわれています。ですが、鬼族は人間と同じように子どもを作り成長するので、人間だと思います。」


「じゃあなんで一部には魔族といわれているんだ?」


「…人間を殺しても経験値を得ることができるからです。」


「そのいい方だと、俺らは手に入らないのか?」


「…わたしたちでも本当に少しの経験値を得ることはできます。ですが、魔族や鬼族は人間を倒しても魔族を倒しても、相手の強さに見合った経験値を得ることができます。」


それはなんかズルくないか?

魔族は同族殺しでも強くなれるのに人間は魔族を殺さないと強くなれないのかよ。


でも人間も同族殺しでレベルが上がるなら、人間の性質上、戦争が止まない世界になっちゃうだろうから、それでいいのかもな。


…そういやこいつの父親はどうした?


前に来たときには一緒にいたはずだが。


「おい。まさかお前、父親を食べたのか?」


俺の言葉に子どもがピクッと反応した。


まさかとは思ったが、こんな子どもが飲まず食わずで10日も生きたうえにこんなに動けるはずがない。


だから最悪の可能性を潰す意味での質問でもあったが、今の反応は図星だったのだろう。


いまだに睨んではいるが、大人しくなったから手を放してやった。


「お前は言葉を話せるか?」


「馬鹿にするな!」


べつに馬鹿にしたわけではなくただの確認だったんだがな。


「なんで俺を襲った?」


「わからない。お腹が空いてるときにお前を見て、美味しそうに見えたら、体が勝手に動いた。」


そういやツノがなくなってるな。


もしかして力の制御がうまくできないのか?

鬼化すると本能のままに行動してしまうとか?

だとしたら鬼族が魔族といわれるのも納得だな。


「父親も同じか?」


「母ちゃんを殺したあいつは父ちゃんなんかじゃない!けど、腕食べた。後悔してる。」


「腕だけならまだ生きてるのか?」


「母ちゃん殺したこと懺悔しながら動かなくなった。しばらくしてお腹が空いて何も考えられなくなった。気づいたら腕食べてた。」


死体を食べたってことか。

殺したわけではないんだな。

まぁどっちでもいいか。


子どもの腹の虫が盛大になった。


「昔のアリアを思い出すな。」


「…やめてください。」


アリアが赤面して俯いた。


アイテムボックスからジェルタイプの携行食を取り出して、子どもに放る。


「とりあえずそれを飲め。」


疑問に思いながらもほぼ躊躇なく飲んだ。

毒が入ってるかもとかの疑いを少しは持てよ。


飲み終えた子どもは満足そうだ。

たかだか携行食1つでずいぶん幸せそうな顔をしやがるな。


「アリア。鬼人は強いのか?」


「…鬼人族はわかりませんが、鬼族はとても強いといわれています。鬼族には刀の使い手が多く、伝説に残っている方もいます。」


ならこいつを仲間に入れるのも悪くないな。


「おい、カレン。お前にいい話があるぞ。」


カレンは肩をビクッとさせて俺を睨む。


「なんでカレンの名前を知っている!?」


「俺は特別な力を持ってるからな。カレン・ニノミヤ、鬼人族、10歳、女、そしてお腹が空いている。このくらいなら簡単にわかるぞ。」


「すげぇ。」


そんな純粋に見つめられるとなんだか恥ずかしくなるからやめてほしい。


「俺は今、戦闘奴隷を集めている。お前も俺の戦闘奴隷にならないか?奴隷になるなら飯は保証してやる。」


「父ちゃんに奴隷はダメだっていわれた。」


まぁ普通は子どもに奴隷になってほしくはないわな。


「それは正しい判断だ。だけど、このままだとお前は餓死するぞ?」


「…。」


「俺は奴隷以外を連れ歩くつもりはないから、お前が俺の誘いを断るなら俺はお前にもう用はない。」


「…。」


「強制的に奴隷にするつもりはないから、お前が選べ。」


「…そっちの子も奴隷なの?」


「もちろんだ。」


「奴隷って辛くないの?」


アリアに質問してるみたいだ。

そんな質問したって無意味だろう。奴隷が辛くないわけがないんだから。


「…リキ様の奴隷になれて幸せです。」


…頭大丈夫か?


アリアの頭を心配するような目で見たら、目があった。

なぜか微笑みかけられた。


よくわからんな。



子どもは考えているようだ。

父親の言葉を守るか、生きる道を選ぶかで。


「そもそもお前は奴隷がなんだか知ってるのか?」


「飼い主の玩具でしょ。」


間違ってないが、その表現をこんな子どもが使うと違和感が凄いな。


「そこまでわかってるなら悩むまでもなく断るもんじゃないのか?」


「でもその子は本当に幸せみたいだ。カレンも死にたくはない。でも奴隷になったら何されるかわからない。怖い。」


ほう。馬鹿ではないんだな。


「俺は戦闘以外を奴隷に強要させるつもりはない。俺の奴隷になったときのルールは『俺を裏切らない』と『俺の命令は絶対』だけだ。それと俺は奴隷に手を出すつもりはない。つまり、肉体的にも性的にも暴力はふるわない。」


精神的には約束できないがな。


「カレンは戦ったことがないぞ。」


「大丈夫だ。アリアももう1人の奴隷も最初は戦ったことがなかったが、今は普通に戦えてる。ようは慣れだ。慣れるまでは俺がフォローしてやる。」


「え?にいちゃんは戦えるのか?」


「馬鹿にしてんのか?主に戦うのは俺だぞ。」


「じゃあなんで戦闘奴隷を集めるんだ?」


なるほど。

確かにこいつがいいたいこともわかる。

自分が戦わないために戦闘奴隷を集めるってのは理にかなっているな。


「俺は弱いからな。補佐が必要なんだ。」


「…リキ様は強いです。さらに強い敵と戦うためにもっと仲間が必要なだけです。」


ものはいいようだな。

それを弱いというんじゃないのか?

まぁいい。



「ご飯はちゃんとした物を食べれるのか?」


「基本的には俺が食べるのと同じものだ。あまりに食べるようだと金の都合で制限をかける可能性もあるがな。」


「そうか。ならカレンも仲間に入れてほしい。」


奴隷といっているのに仲間と取るか。

今の話だけで俺の考えが読み取れたのか?

だとしたら馬鹿じゃないではなく、頭がいいのかもしれないな。


「いっておくが一度奴隷になったら解放するつもりはないからな。」


「わかってる。」


カレンはアリア程度しか身長がなく、胸に手を当てるにはしゃがまなければできなかったから、カレンの頭に右手を置いた。


奴隷契約を発動し、胸を選択する。


右腕から何本かの黒い何かが現れ、カレンの頬や肩を伝って胸まで進み、胸のあたりで蠢いている。


しばらくしたらカレンの胸に吸い込まれるように消えていった。


奴隷画面を見ると、ちゃんと奴隷3として表示されていた。



奴隷3

カレン 10歳

鬼人族LV10

状態異常:なし

スキル 『悪食』『鬼化』

加護 『成長補強』『成長増々』『状態維持』『成長促進』『奴隷補強』



加護は俺のスキルの恩恵的なやつしかないみたいだが、見たことないスキルがある。


『悪食』はイーラと同じだが、『鬼化』は初めて見た。



鬼化…鬼となり、ステータスが上昇するスキル。


さっきみたいな状態になるってことか。

ってことは理性もなくなったりするのか?だとしたらちゃんとそこまで明記しろよな。


まぁそこまで解説に求めても仕方ないか。


というか、奴隷になると家名が消えるんだな。

知らなかったから仕方がない。俺は悪くないはずだ。



「奴隷契約は完了だ。ひとまずカレンにシャワーを浴びさせる。さすがに汚いし臭い。」


「レディーにたいして酷いなにいちゃんは。」


ちょっとイラッときた。


「ガキがレディーとかいってんじゃねぇぞ?」


睨みつけるとカレンは怯えた。

そして俺から顔を逸らし、アリアを見た。


「…リキ様は怒ると怖いですが、普段は優しい方です。怒らせないようにしてください。怒らせてしまったのなら素直に謝ることをお勧めします。」


なんだ?そこはかとなく馬鹿にされている気がする。


「ごめんなさい。」


なんか俺が悪者みたいな気がしてくるな。


「べつにそこまで本気で怒っちゃいねぇよ。とりあえずシャワーを浴びに行くぞ。」


「うん。」


ひとまずシャワーを浴びさせるために宿屋に戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る