第513話 傭兵ミドルな弟は人気者




――――――ターリクィン皇国、ローディクス邸。


「ジルヴァーグ様、本当によろしかったのですか? アンネス様はまだしも、御嫡男のセイリオス様からお生まれになられたばかりのエレクトラ様までも治安に難をかかえる国へと旅路に出されましても?」

 主を信じていることに変わりはないが、ローディクス家に長年仕えている執事ですら、さすがに今回のジルヴァーグの決定には不安を覚えてしまう。

 その心配する態度には、まさかお歳から判断を誤られるようになったのでは、という危惧も透けて見えた。


「ホッホッホ、まだまだ耄碌もうろくしてはおらんよ……。此度、危険を承知で妻と幼い子らを旅に出したは、それが必要と判断してのこと」

「必要、でございますか……」

 執事はメイド達にお茶の用意および、毒味を行いつつ、主の意図をくみ取ろうと真剣に耳を傾ける。



「もちろん、万が一のことが起こらぬとは限らぬ。ヴァヴロナのパルミュラ家の護衛力があるとはいえ、心配はしておらぬわけではない……が、このローディクスの未来のために必要なるはたくましき次代であり、その次代を真に導ける者であると、考えておる……」

「ジルヴァーグ様はそうではないのですか?」

 意外だと言わんばかりに、落ち着いた執事の言葉には驚きを抑えている含みが感じられる。

 個人の感情を表に出さないのはさすがだが、察知されるようではまだまだと、ジルヴァーグは苦笑した。


「ああ……我に教えを施す資格などない。せいぜい血なまぐさい恥ずべき真っ黒なる歴史をおとぎ話に聞かせるがせいぜい……。それ以外はつい甘やかしてしまうばかりになってしまうでな―――それでは次代は良くは育たぬ」

 獅子は我が子を谷底に突き落とす、というほどのつもりではないにせよ、ジルヴァーグは妻と子らをあえて危険なる地へと旅に出した。


 それは先々の未来を見据えての事だ。本当に、心の底から善き者へと育つためには、世の風を我が身肌で感じるほうが、100日1000日他者より聞き学ぶよりも遥かに大きい。


 何よりも、ジルヴァーグは弟のことを考えていた。


「(この老体最後の仕事は、リュークス……お前に―――)」

 年の離れた弟。実家の骨肉の醜い争いを少しでもおさめたいと、少年の頃に自ら出て行ったさとい弟。


 残念ながら長男のセイリオスはまだ若すぎる。自分の跡を継ぐにしろ継がないにしろ、ジルヴァーグ亡きあとにこのローディクス家のアレコレを上手く処理できる力はない。

 当然、長女のミアプラも、先日生まれたばかりの次女エレクトラもだ。


 今、老い先短い自分の跡を託せる人間は、この世界にたった一人しか存在しない。



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――――――ファルマズィ=ヴァ=ハール王国、王都の傭兵ギルド。


「ふ……くしゅっ!!!」

 リュッグは一度は我慢したものの、耐えきれずに強めのクシャミをした。


「(? 誰かウワサでもしているのか?)」

 鼻はムズかゆいが、悪寒など病気の兆候はない。クシャミもその1度きり。

 やれやれと後頭部をかきながら、ギルドの書類に筆を走らせた。


 内容は手紙と荷物の配送手続き―――つまりは宅急便だ。


「(今の情勢を考えると、万が一にでも途中で奪われたり紛失しても問題がない物しか送れないが……)」

 それでもファルメジア王が物流を維持するための街道往来保護政策を打ち出してくれている分、少し前よりかは遥かに手紙やモノが届きやすくなった。

 実際、アイアオネからの手紙も届いているし、エル・ゲジャレーヴァのムーたちからもちょくちょく手紙が届いている。


「よし、ではコレを頼む」

「かしこまりました、配送先は……アイアオネですか。距離がありますし、情勢が情勢ですので―――」

「ああ、分かってる。時間がかかるだろうし、何なら届かない可能性も十分にありえる、だろう?」

 先んじて注意事を口にするリュッグに、受付嬢はご理解いただいているようで助かりますと、事務的な応対の言葉を述べた。


 




「お、出て来たっスね、お疲れ様ッス、リュッグさん」

 リュッグに対しては、すっかり愛猫の飼い猫状態になっているオーヴュルメスが傭兵ギルドから出て来たリュッグに駆け寄る。


「(やれやれ、ないはずの尻尾や耳がそろそろ見えて来そうだな……)」

 異性に好かれることは悪い事ではない、嫌われるよりかはよほどマシだ。

 とはいえ、懐かれ過ぎるのもどうかとも思う。


 このところ傭兵ギルドで仕事を請け負いに来ると、100%彼女が待ち伏せていて、一緒に行動するのが当たり前になりつつあった。


「お前も酔狂なヤツだな。子を孕ませた女のいる男にひっついてくるとか」

 我ながら酷いヤツだとリュッグは思う。

 一度、オーヴュルメスを引き剥がす言い分として、子を認知しないとしているヴァリアスフローラの存在をほのめかした……のだが、むしろオーヴュルメスは余計に引っ付いてくるようになってしまった。

 曰く、“ リュッグさんがいい男だという証拠 ” などと言って。



「この国は伴侶に制限はないっスよ~? つまり~、相手が子持ちの奥さんいても関係ないって事っスから!」

 小柄な身体の上、大きな胸をバルンと揺らすほど胸を張り、自信満々にそう言ってのけるオーヴュルメス。


 リュッグは、また妙なのに取りつかれたものだと自嘲しながら両肩をすくめた。




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