第十八章

砂の世界の女達

第511話 嫋やかなる貴婦人は再び砂漠を行く





「な、なんてことですか……」

 アイアオネの町に到着したヴァヴロナの貴族、シャイト=タムル=パルミュラ一行。馬車から降り、まじまじとその光景を眺めるシャイトは、背中から熱が失せていく感覚に襲われた。



「見ての通りの状況でして、はい」

 ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の友邦国、そこからの貴族様ご一行のお越しということもあり、アイアオネの町長であるトボラージャみずから出迎え、いつもの口調を潜めて懇切丁寧に町の状況を説明していた。


「到来したバケモノは、片腕を思いっきし振るい、この町の北半分を破壊したと、当時居合わせた者から聞いております」

 完全に口調を押し込められず、節々に出てしまっている独特の関西弁イントネーション。

 しかし言いながら瓦礫の平原を見る彼の顔は、もの悲しくも己の無力を恨むような複雑な表情を浮かべていた。



「……心中、お察しいたします」

 シャイトは、たとえ軍隊の仕業と言われてもなかなか信じられない光景に、何とかその一言を吐き出すので精一杯だった。

 それほどに、町半分の崩壊現場は凄まじいものだった。瓦礫の散乱の様相からして、一撃でそれがなされたのは素人でも察することができる。


 そして同時に、これほどの事ができる魔物が世の中に存在しているという事実に戦慄する。


「しかし、ファルマズィの治安が悪化していることはこちらでも掴んでおりました。ですが、これほどの事をしでかす魔物が野を闊歩していようとは想定外でございます、シャイト様」

 そう口を挟んできたのは、パルミュラご一行の護衛兵の長を務める男、バーガナだった。

 一国の有力貴族一族に仕えているだけあって、よく鍛えられた鎧姿ながらほのかに執事の品格が漂う。

 その口ぶりからして、来訪地の危険度が想定を超えていることを危惧して、予定変更し、即座に帰国すべきと今にも言いだしかねない様子を見せていた。


「……トボラージャ町長。お聞きしたいのですが、このような被害はファルマズィでは日常茶飯事のことなのでしょうか??」

「いいえ、まさか。さすがにこんな被害がそこら中で起っておりましたら、この国は今頃綺麗さっぱりなくなっております。ワイ……コホン、私めも生まれて今までで、初めてのことですよって」

 それを聞いてシャイトは少し安堵した。

 もし護衛長バーガナの言う通り、想定を超える危険な状態にあるならば、即座に帰るべきだろう。

 しかしながら、それをしてしまうと義姉ルシュティースの嫁ぎ先は、町一つを半壊させるようなバケモノが出没する、などという報告だけを持ち帰ることになる。


「(そんな報告をしたら、テルセスの叔父上様が兵を起こしてでも義姉さんを連れ帰るのだって言いだしかねないもんなぁ……ふぅ)」

 とはいえ、このままこの国で行動を続けるにも不安がないわけじゃない。

 なにせ自分達だけでなく、今回はお客様も同行している旅路だ。安全は最優先に考えるべきで、どうしたものかとシャイトは悩んだ。


「そうだ、トボラージャ町長。一つ急ぎでお願いしたい事があるのですが―――」







―――数時間後、アイアオネの町から北西に2km地点。


「申し訳ございません、ローディクス夫人。本隊に遅れることと相成りまして……」

 護衛の責任者が深く詫びを入れる。

 しかし嫋やかなる貴婦人、アンネス=リンド=ローディクスはにこやかなるも気品あふれる笑顔を返した。


「いいえ~、問題ございません。旅にアクシデントは付き物……慌てず、落ち着いてまいりましょう」

 ターリクィン皇国よりアンネスは、シャイト率いる一行にお客ゲストとして随行していた。しかし、アイアオネの町へと向かう道中で馬車の車列に不備が生じたことに加え、魔物の出没で移動が遅れる事となったのだ。


「我々でも護衛に不備はないと自負しております。加えて本体が先行し、アイアオネの町にて追加の護衛を手配する事となっておりますので、どうぞお子様がたも・・・・・・ご安心ください」

「はいっ」「ぁい!」「……」

 アンネスと同じ馬車に乗る、彼女の子供達。

 かつてアサマラの兵産院より逃れた時は、お腹の子と一番上の子の手を引き、とにかく北へと向かって歩いたのが、今はこうして馬車で南に出向いている―――アンネスは、人生とはかくも奇妙で不思議なものなのかと、今をかみしめていた。


「みんな~、御父様を心配させないようにイイコでいましょうね~?」

「うん、大丈夫です!」「だいじょぅぶですっ」「……」

 抱き籠の中で大人しくしてくれている新しく産んだ子は、いつかの社交界パーティにて、皇国の少将ヘンドリクスを相手に身籠った子だ。

 (※「第15話 ターリクィン皇国の嫋やかなる貴婦人」参照)


 3人とも、夫の血を引いてはいない―――だが、夫ジルヴァーグ=ルイ=ローディクスは、3人とも自身の子として認めている。

 妻の快楽依存症とその壮絶なる過去を知っており、かつローディクス家のかつての一族による骨肉の争いに嫌悪感を抱いていたジルヴァーグだ。ローディクスの血を一切引かない子らをローディクスの次代に据えるという事は、むしろ歓迎すべきことであった。



 この不貞の妻のすべてを許容し、母子ともども愛している偉大なる夫に感謝しながら、アンネスは子供達の頭を順番に優しく撫でた。




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