第475話 ご加護とは微弱にてほんのりとしたモノ




 ルヤンバの町に帰ってギルドに報告後、シャルーア達は適当な店に入り、一仕事の後のくつろぎ時間を堪能していた。




「しかし、まさか倒さずに追い払うだけとは……傭兵が出張るような内容とも思えませんでしたし、これもご時世でしょうか」

 ハヌラトムは、いやはやと肩をすくめる。


「そうですわね……同じことをなさるのでしたら、それこそ町のお役人さんでも出来ることでしょうし。それを傭兵ギルドに依頼しなくてはならないのは、やはり現地までの道中が以前よりも危険になっているからですわね」

 基本的にサーウロイというヨゥイは、比較的おとなしく、人の町などにも近づかない温厚な魔物だ。

 好奇心は強いが、その体躯に似合わず臆病な気質なので、危険を察知するとまず逃げを選ぶので、仮に人間の近くに現れても、追い払うのは容易い。


 加えて討伐せずに放置しておくと、その自重とたいらな足で踏みしめられた大地はやがて、オアシスを産むことに繋がることが、環境への影響を調べている研究者により提唱されている。


「長い目で見たとき、オアシスを作り出すことに一役買ってくれているヨゥイですから、なるべく討伐は避ける方針だとお聞きしました。ですがただ放置しておきますと、そのオアシスを維持する七色のサボテンを食べ尽くしてしまうそうですから」

 可哀想なお話です、と結びながらシャルーアは、甘味を口に運ぶ。



 シャルーアとルイファーンが協力してサボテンとサーウロイに行ったのは、匂いを変化させることだった。


 サーウロイがクシャミを1つした時、既にその鼻が捉えるサボテンの香りは変化していた。しかしそれだけだと、なお強行に食べようとする事もあるので、サボテンの方にもサーウロイが嫌う香りを付与。

 2つの相乗効果によってサーウロイからすれば、あのオアシスの七色サボテンはゲロマズな臭いに感じられ、それどころか人間に例えるなら裸足で逃げ出すレベルになった―――


「―――追い払ったあの魔物は、もう2度とあのオアシスにサボテンを食べに来ない、というわけですわね」

「はい。サーウロイは1度記憶した嫌な場所には、一生近づこうとしないそうです。もしも別の個体が参りましても、サボテンにかけた香りはしばらく残り続けるそうですから、忌諱きいの効果が見込めると、ギルドの受付の方がおっしゃっていましたね」

 それでも貴重なオアシス保全のためには、ある程度は定期的に誰かが行かなければならないだろう。

 ルヤンバの町にとってもあのオアシスは、傭兵に依頼を出してでも保持保全を行いたい場だということだ。




「ただいま戻りやした、シャルーア様」

 シャルーア達が仕事のことを振り返っていると、マンハタが合流する。

 彼は砦の方に出向き、オキューヌが到着していないかを訊ねに行ってもらっていた。

「お帰りなさい、マンハタ。どうでしたでしょうか?」

「はい、どうやらまだ到着してないみたいです。夜通しって事はないでしょうから、今日中に到着しなけりゃ、明日の朝にワッディ・クィルスを発つつもりかもしれない、って砦の兵士は言ってましたね」

 時刻はすでに夕方へと向かいつつある頃だ。

 今頃、到着していないのであれば、やはり当初ハヌラトムが予想した通り、オキューヌがルヤンバ入りするのは明日なのだろう。


「でしたら……いえ、夕食のお時間にはまだ少し早いですわね。お買い物にでも参りましょうか?」

 少し、微妙な時間の空きが出来た。もう一仕事と言うには全然足りないし、かといって食事時には早すぎる。


 ルイファーンがこの後の予定をどうしたものかと考えていると、不意にシャルーアが口を開いた。


「……少し、試してみたい事がありますので、それを行ってみてもよろしいでしょうか?」



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 甘味を食べ終えた後、シャルーア達は町の外へと移動する。

 ちょうど太陽が夕焼け色に変わりはじめ、その高さを地平線に向けて明らかに落とし始めている。


 町からは若干離れ、町の門衛からもシャルーア達が粒のようにしか見えない距離だ。


「このようなところまで出てきて、一体何をなさると?」

 不思議そうに問いかけるハヌラトム。

 まるで町の門衛にも見られないようにするために、そこそこ距離を取ったようにも思え、明らかに何か一般的ではない行動をするつもりなのだろうかと、推測する。


「オキューヌさん達が来られるのに、多少なりとも道中が安泰であらせられますよう、計らって見たく思います。……皆さん、少し離れていてください」

 3人は頷き、シャルーアから5、6歩ほど距離を置く。


 それを確認した上で、シャルーアは目を閉じ、そして祈るように沈みゆく太陽を見ながらその場に両膝をついて、手の平を砂漠の上にそっと置いた。


「………、……―――」

 シャルーアの意識上で、砂漠が、空が、全て真っ暗になる。

 その中で、ふわりと温かみのある気配が50km先に浮かび上がった。


「(これが、私のお乳を飲まれたルラシンバ様の気配……この気配と、この場所を結ぶようにする……アムちゃん様から教わった通りでしたら、ここで……)」

 シャルーアはゆっくりと息を、薄く長く吐いた。


 手の平だけがポウっと淡く輝き、砂漠の色に浸透していくように広がる。

 すると、シャルーアがいた息に導かれるようにして、淡い輝きがワッディ・クィルスに向けて流れるように伸びだした。




 自分の乳を飲んだルラシンバがいるからこそ、ワッディ・クィルスの位置を気配で感じ取れる。

 それを目印に、アムトゥラミュクムの加護を限定的ながら大地に広げ、それを道とすることで、邪悪な存在はこの道に近づくことは憚られ、仮に近づいたとしても微弱ながら弱る効果を得られる。


 ほんの1日ほどしか効果は保たれないが、この能力はかつて、この国の “ 御守り ” の効力、その極廉価限定版であった。


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