第474話 お仕事.その23 ― 七色サボテン ―



 翌日、ルヤンバの町にワッディ・クィルスから慌ただしく兵士達が駆け込んできた。

 そのまま大通りを真っすぐに通り抜け、砦へと入る。




 その小一時間後、シャルーア達が泊っている宿にも兵士がやってきた。


「オキューヌ様よりシャルーア様にご伝達です。昨日さくじつ、バケモノとなっていたヴォーホ少尉が、裏街の元締めルラシンバを襲撃しました。これを討伐し終え、調査に当たるためにオキューヌ様自ら、遅れながらもこちらに参られるとの事。つきましては相談したい事もあるゆえ、今しばらくルヤンバにご滞在願いたいとのことです」

「お話うけたまわりました。オキューヌさんによろしくお伝えください」

 丁寧に返すシャルーアに、兵士も頭を下げ、ではとその場を去る。



 兵士の訪問に何事かと興味津々にあちこちから覗いていた他の宿泊客や宿の店員たちなどを散らし、応対終えたシャルーアのもとに、マンハタとハヌラトムが駆け寄った。


「嫌な気配を感じてはいましたが、やはりルラシンバ様が狙われたようです」

「シャルーア殿の危惧が的中したわけですな。そのご老人も幸運だ、シャルーア殿のおかげで命拾いしたのですから」

 ハヌラトムの言う通りだ。もしシャルーアが、ルラシンバに向けられている視線とその気配に気づかなかったら? ルラシンバに乳を飲ませていなかったら? 念のためオキューヌに話を通していなかったら?


 どれか一つ欠けていても、ルラシンバは死んでいたかもしれない。


「まったく、つくづくラッキーなジジイだな。シャルーア様にここまでしてもらえるヤツなんて、そうはいねぇ」

 スケベジジイなルラシンバを知っているマンハタが、運のいい爺さんだと言いつつも、シャルーアがその爺さんの命を間接的に救ったことに、誇らしそうな雰囲気をその声に含める。

 信奉する人の偉大さがまた一つ、示されたことが嬉しかった。




「ワッディ・クィルスからですと、オキューヌ殿が到着するのは早くても明日でしょう。今日の予定はどうします?」

 ハヌラトムは、丸1日のんびりしますか? と言った風に訊ねてくる。

 しかしシャルーアは、首を軽く横に振りながら口を開いた。


「本日はお仕事を致したいと思います。……実は、昨日傭兵ギルドにルイファーンさんと一緒に行った際、お仕事を一つ、請け負っておきました」



  ・

  ・

  ・


 1時間後、ルヤンバの町から西に500m地点。


「まぁ、素敵な光景ですわね」

 ルイファーンが夢見る少女のような瞳で、その幻想的な様子を眺める。


 砂漠が途切れ、周囲は硬い岩盤の地面が広がる。

 しかしその泉は、色鮮やかな七色のサボテンに囲まれ、活き活きとしたヤシの木が添えられるように1本立っている。


 太陽光が泉で反射し、周囲の七色サボテンに当たる。水気が多いのか、サボテンはキラキラと煌めいていて、殺風景な荒れ地の中に場違いなほどファンシーな空間がそこにはあった。


「もともとは、この岩のあたりすべてが水辺でしたそうです。あちらのサボテンがとても深いところまで根をおろして地下水を吸い上げ、地上に水の恵みをもたらし、オアシスが形成されていたそうなのですが―――」

 ギルドの職員から渡された、泉についての説明文を、シャルーアが読み上げていると、何か大きな気配が近づいてくるのを感じたマンハタとハヌラトムが、咄嗟に武器を構えた。


「何か来ます、お気をつけを!」

「……シャルーア様、その先を読んでもらってもいいでしょうか?」

 マンハタに促され、シャルーアは続きを読む。

 つまり、その続きに今回の仕事の対象であり、標的について書かれていて、そしてそれが近づいてくる大きな気配の正体でもあるという事だと、マンハタは察した。


「はい、その天然の組み上げポンプの役割を果たしていたサボテンを食い荒らすヨゥイが、最近出現するようになったそうです。そのヨゥイは―――」


 ズンッ、ズンッ……


「体長20m、高さ12m、重さ300トン……」


 ブワァァァ


「肌の表より汗の霧を噴霧……」


 ギラン!


「瞳から光を放ち、昼夜問わず行動をする……」


『ブォオオオオオン!!!』


「首の長い、二足歩行の草食恐竜……だ、そうです」

 シャルーアが読み終えると同時に、その草食恐竜とやらは姿をあらわした。


「まぁ大きい。本当に怪獣と申しますか、恐竜みたいですわねー」

「ルイファーン様、呑気なことを言ってる場合ではありませんよ」

「コイツはサーウロイだ。また厄介なのが出たもんだぜ」


 サーウロイ。砂漠でも比較的砂の少ない地を好み、生息するヨゥイ。


 首長の草食恐竜が二足歩行になったかのような見た目をしており、恐竜に思われがちだが、キリンなどの動物に類似すると唱える学者もいるなど、生物としての区分は明確に定まっていない。


 緑の少ない砂漠や荒れ地にあって、植物を好んで食べる厄介な生き物であるため、別命 “ オアシス枯らし ” と呼ばれ、忌諱されている。




「今回はコレの退治ですか……少し骨が折れそうですね」

 ハヌラトムは正直、準備不足だったと後悔した。

 魔物討伐にしては荷物が少ないので、まさか待ち受けている相手がこんな大物だとは完全に予想外だった。


「あら? ですけど確か、依頼の内容は……退治、でしたかしら?」

 シャルーアに確認するように問いかけるルイファーン。

 すると……


「はい、今回は退治ではありません。マンハタ、ハヌラトム様、武器を締まってください」

 そう言って、シャルーアがサーウロイに近づく。それも無防備に。



「ルイファーンさん、アレをサボテンにお願いします」

「ええ、お任せくださいな!」

 ルイファーンがトテトテとサボテンに近づく。その手には何やら水筒のようなものが握られていた。


『ブォォオ……?』

 サボテンを食べようと泉に近づいていたサーウロイは、何だろうと言わんばかりに長い首を下げてくる。


 好奇心の強いこのヨゥイは、近づいてくる2人の人間の行動を眺めていた。


「ええと、確か……こちらの玉を……投げますっ」

 荷物から紙玉を取り出し、手順を確認するように呟きながら投げる。

 するとシャルーアの手から離れた紙玉はサーウロイに当たって解け、中からブワッと粉が広がった。


『ブフォォ? ……ブクシュッ』

 サーウロイがクシャミをする。




「これでこちらは準備が出来ました。ルイファーンさん、そちらは大丈夫でしょうか?」

「OKですわー、シャルーア様ー」

 サボテンからルイファーンが離れる。

 それを見たサーウロイは、サボテンが食べたいとばかりにシャルーアから視線を外し、首をそちらに向けて下ろしていく―――が


『ブォオオ……ブゥウウーーーーフゥウウーー』

 何やら不機嫌そうに鼻息を強く噴きだしたかと思うと、サボテンを食べることなく、首を上げ、そのまま泉から去りだす。



 その動きはのっそりとはしていたが、どこか逃げ出すかのようにも見えた。



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