第458話 大国の根は静かに腐ってゆく
東隣ジウ=メッジーサ。
言わずとしれた近隣地域で一番の広大な領土を持った大国であり、ファルマズィ=ヴァ=ハール王国への侵略の意欲を強く孕んでいる国の1つでもある。
だが、そんな大国ジウがいまだに決定的な軍事行動を見せずにいることは、ファルマズィ=ヴァ=ハール王国はもちろんのことながら、近隣諸国にも一抹の不気味さを感じさせていた。
「あれほどの大国が、いまだ攻め込もうとせぬとは」
「軍は国境に配備させてはいるが、待機したままだという」
「もしや、ファルマズィの “ 御守り ” が失われたというのは誤報なのでは?」
諸国にとって、1大国が戦争を起こすというのは良くも悪くも大きな機会となる。別方向でジウに隣接している国などは背後からその境界を犯し、領土のもぎ取りを画策し、親交ある国は戦争にかこつけて支援と称して高値で食料や軍事物資を売りつける算段をする。
戦争の影響とは、当事国のみで完結はしない。たとえ直接戦闘に加わらずとも、各国には大きな影響が及ぶものである。
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そして、そのジウがなかなか動き出さないその理由こそ、そんな各国の思惑を見透かすがゆえであった。
「……と、いうわけで、ファルマズィ=ヴァ=ハールへと兵を進めるにしろ、周辺各国への前準備は進んでおりません。
ジウ=メッジーサは大国だ。
なので周辺諸国は基本、
しかし腹の内ではいずこも、版図拡大してきた大国に対し、歴史的にも現実的にも腹立たしいモノを抱えているのは間違いない。
ジウは決して聖人君子な国ではない―――日頃から恨みを抱いている他国は少なくなかった。
「目の前の羊にかみついた途端、こちらの尻も噛まれる……か。フン、小国どもの我が国への妬みとは、何とも醜いものだな」
将軍の一人が笑い飛ばすように比喩を口にする。すると居並ぶ諸将も、ドッと笑った。各地の将の集うその場はかなり気楽な雰囲気に包まれている。
「……とはいえ、無視できる事実でもあるまい。ファルマズィを食いちぎった分、我が国を食いちぎられては、意味がなかろう」
そう静かに発言したのは他でもない、サーレウ=ジ=マーラ
「これはこれは、さすが若くして我らと肩を並べられるだけのことはある」
マーラ
年の割に油ぎっていて、いかにも贅沢な暮らしをしているのだろうと思わせる、いやらしい顔立ちをしている―――出自の家格だけで今の地位を得た、典型的なコネだけで出世した男だ。
今代のジウ国王とは違い、先代の家柄などで贔屓する時代に出世した分、今のジウ王国の実力主義な風潮に嫌悪感を持ち、特に10代でありながら自分と同列にまで駆け上がって来たマーラ
「事実だ。ファルマズィを攻めるにせよ、それ以外の周囲を無視して軍を進めるなど、愚かである事、陛下もお分かりであらせられよう」
当然、マーラ
いくら先輩とはいえ地位では同列だ。上下の身分差はない。
しかも先代の時代とは異なり、年功序列な考え方もかなり薄くなっている。将軍たちも先代の頃とはかなり入れ替わり、全体的に軍部の上司陣は20年ほど若返っている。
その中でしがみつくように将軍職に残っている老害は、もはやアラグニル1人だけであった。
「確かに。ならば戦端を開かず、いまだ慎重姿勢であるのはつまり、政治屋どもが上手くいっていないせいだと?」
他の将軍がそう言うとを、マーラ
「おそらくは、としか言えないがな。ファルマズィとて周囲に友好を持つ国の1つや2つはあろうし、かつ他国に働きかけている可能性は存分にある。あるいは……目の前にのんきに歩み出て来た羊が、実は罠であったという可能性すら陛下は考えておられるやもしれんな」
ファルマズィ=ヴァ=ハール王国が攻め時―――そう見せかけておいて大国ジウを釣り、かねてよりこの国を良く思っていない諸国が一斉に襲い掛かる。
それは十分にありえること。老害のアラグニルでさえ苦々しい表情を浮かべながらも、その可能性を理解できているだけに、マーラ
「(……このまま戦端が開かれぬのが一番だ。シャルーアさん―――我が妖精の君よ、このマーラ
何という事はない。マーラ
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だが、ジウ王国の意外な慎重姿勢の根本的な原因は、彼らの知らないところで蠢いている。
「はーぁ、はーぁ、はーぁ……て、てんごくだぁぁぁ~~♪♪♪」
ジウ王国の大臣の1人が、呆けた表情でベッドの上にて仰ぎ寝ている。危ない境地に達したかのような異様な表情と、全身すっかり瘦せこけた姿で恍惚としたまま動かない。
その部屋のバルコニーで、全裸のキューブレンは風にあたりながら一息ついていた。
「んー、コイツ、まぁまぁ当たり。悪くない」
バラギが合流してからというもの、彼女のジウ王国内における活動は一気に加速していた。
以前は一人の大臣の侍女という形で慎重に活動していた時と、状況は大きく変わっていた。
(※「第268話 大国を蝕むは繁殖旺盛なる下女」あたり参照)
「失礼致します、母―――もとい、キューブレン様」
「なーに?」
「バラギ様が、新たに内務大臣との交流の席を確保いたしました。お次はそちらの方を
キューブレンに報告してきたのは、彼女が産んだ半生命体だ。
姿形や動作、態度などはすべて完全に人間そのもので、まず見分けがつかない。
「分かった。丁度こっちの、終わったとこ……すぐ行く、バラギ様に伝えて」
「はい、わかりました」
部屋に戻り、軽く脱ぎ散らかしてあった服を羽織ると、キューブレンは舌なめずりしながらその部屋を出る。
既にジウ王国の中枢を担う貴族や大臣達にさえ、彼女は連日、接触するようになっていた。
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