第428話 黒蛇は平然と古巣を訪ねた




 元、カッジーラ一味の賊徒―――マンハタ。


 シャルーアがその覗き視線を感じ取り、アンシージャムンとエルアトゥフが捕獲した後、彼は天国に焼かれた。


 色濃い黒褐色の、動物に例えるならば蛇を想起させるような四肢の諸々が長い、特徴的なこの長身男は、今や忠実過ぎるシャルーアの下僕げぼくとなっていた。





「(……なるほど、なるほど……)」

 マンハタは元カッジーラ一味。ゆえに顔が割れている。

 しかも独断行動をしていて、彼が後宮に捕らわれていた事を誰も知らない―――つまり、いまだカッジーラ一味内においては、彼が裏切っているなどと疑う者すらいないのだ。


 その事を利用し、かつオーヴュルメスが(正確にはバイコーンが)拾ってきたとある大臣家の紋章入り、金メッキプレートを持って、カッジーラ一味の本アジトに堂々と乗り込んでは、カッジーラ親分の本隊連中に、雑談を装って色々と話を聞き出すなど、大いに活動していた。



「ん? なんでぇ、マンハタじゃあねぇか。どーしたお前? なんで本アジトにいやがる?」

 あくび混じりに廊下の向こうから歩いてきたのは他でもない、カッジーラ本人だった。


「! これは親分。お休みだと聞いてましたが……」

「今起きたとこだよ。……んで?」

「へぇ、何やら俺が色を楽しんでいる間に、デカい山を終えたって話を聞きやしたが―――」

「へっ、分け前よこせってか? さすがにそいつぁムシが良すぎるだろ、マンハタ? 女遊びしてやがったお前が悪い」

「そーじゃあねぇですよ。いえ、女遊びしてたってぇのは本当ですけどもね」

 マンハタの女好きは一味内では有名だ。

 そこの所をからかうようにして笑うカッジーラの態度も予想通りだし、実際に異性の元にいた事実には間違いはない。


 なのでマンハタはまったく嘘偽りも、裏切っているという後ろめたさも感じることなく、いつも通りの自分でいられた。




「今日、本アジトに伺ったのは、町の骨董屋でコイツを見かけたんで、届けに来たんでさぁ」

 マンハタはそう言って、しれっと金メッキプレートを出した。

 これが本アジトに出入りするための手形であり、彫られている意匠デザインは、彼らにこのアジトの建物たる貴族邸宅を供出している大臣家の紋だ。


「あん? ……なんだ手形じゃあねぇかよ。仕事の時、誰か落としやがったか」

「っぽいですね。骨董屋の話じゃあ、ガキがどこぞで拾ったのを小遣い稼ぎに売りに来たらしーですよ、金だから高く買えーってしつこく言われて対応に苦労した、ってぇ愚痴を聞かされやしたが、念のため買い戻しといた方がいいかと思いやして」

 そう作り話を平然と語りながらマンハタは、金メッキプレートをカッジーラに渡した。



「お前も割と律儀だな。まぁ一国の王都だ、何が命取りになるか分かったもんじゃねぇか……」

「そー思いやして届けにきた次第でさぇ。無くしたーってヤツがいたら俺の代わりにぶん殴っといてくだせぇ。金メッキで安かったからまだいいですが、関係ない俺が金払う事になっちまいやしたから」

 そう言って、女遊びでただでさえ懐が寒くなってるってのに、と愚痴混じりに金欠だとジェスチャーを取るマンハタ。

 カッジーラはクックと面白げに笑うと、懐に手を入れた。


「普段から女のケツばっか追っかけてるからだ。ホレ、駄賃代わりだ、たまには真面目にデカいヤマにも付き合えよ?」

 そう言ってカッジーラが投げ渡したのは、小石大の金の塊だ。

 小さいとはいえ、これでも金にかえれば何日かは衣住食に困らないだけのまとまった額になる。



「ありがとございやす、親分」

「おう。……そうだ、マンハタ。この王都に来てからどんくらい遊んでる・・・・よ?」

「? どんくらい、と言われやしてもかなりとしか言いようがないくらいには」

 それを聞いたカッジーラは、そうかそうかと今度は高らかに笑った。


「今夜、大臣サマともども綺麗どころを呼んで盛り上がろうってぇ話になってな。お前、いい感じの女に話つけて引っ張ってきてくんねぇか? 釣りは好きにしていいが、ケチらずに上玉を揃えてくれ」

 そう言いながらカッジーラは再び懐に手をつっこみ、今度は袋を取り出す。金がほどほどに詰まった麻袋だと一目で分かるが、受け取ったマンハタが中身を検めると、やはり小石大の金の塊が10個程度入っていた―――女を手配するための軍資金、という事だろう。


「お任せください、俺の得意分野ですからねぇ。……ちなみに人数のほどは?」

「そうだな……まぁ、最低2~3人はいいのを揃えて来い。それ以外は引き立てで数人ってぇとこで頼むわ」

「分かりやした、今晩ですね? なんとか手配してみます」




  ・

  ・

  ・


「と、いうわけで今夜、2~3人の女性を連れて行く話になりました、シャルーア様」

 後宮に戻ったマンハタは、シャルーアの前で恭しく膝を床に付き、頭を垂れる。しかしながら手足が長いせいか、その敬意を露わにした礼の姿勢が、少しだけ滑稽に見えた。


「よくわかりました、潜入ご苦労さまですマンハタさん」

「どうぞ呼び捨てで構いません、シャルーア様。俺は貴女様の下僕でございますので」

 元が賊徒だっただけに、マンハタの振れ幅は大きかった。

 立場的には彼と似たような状況と言えるラフマスは、元が治安維持部隊の兵卒だけに、シャルーアを経た・・・・・・・・振れ幅はマンハタより小さく、彼ほど心酔的ではない。


「(……か、変わるもんだなぁ)」

 なのでラフマスからすれば、マンハタのシャルーアに対する態度はちょっとだけ行き過ぎているように思え、軽く引いた。


「でしたらマンハタ、とお呼びさせていただきましょう」

「はい、ありがとうございます!」

 いっそう深く頭を下げる彼に、シャルーアはほんの少し、困ったコですねと言うような微笑みを浮かべつつ次の瞬間、心酔する彼にとっては衝撃的なことを口にした。



「ではマンハタ。今宵、わたくしを連れていってください」



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