第420話 潜影の黒蛇は色を欲した
賊というものは基本、金・酒・食い物・女を求める。
しかしながら個々人によってその欲には偏りがあり、どれを特に好むかによっては、その行動に変化も生じる。
欲は行動の源―――その男は自分の欲の中でもっとも強いモノに突き動かされ、行動していた。
―――数日前。
「(うへへ……たまんないねぇ。やっぱ王の
遠眼鏡片手に、後宮が覗けるところに位置取り、覗きを敢行していたのは、カッジーラ一味のケチな賊、マンハタだった。
手足や首が細長い彼は、普通の人間ならば難しい外壁に張り付き、王宮の外装飾の影に巧みに溶け込んで覗き行為に
「(しっかし……やっぱカッジーラ親分の目の付け所は間違っちゃいなかったな。平和ボケした国っつっても、まさか王宮までこうもすんなり入り込めるたぁ思ってなかったぜ)」
無類の女好きのマンハタにとって、王の後宮とはまさに最高の楽園だ。
なにせ国中からイイ女が集められる。性格や素行に問題がある者は弾かれるので、絶対にハズレがいない場所―――つまり遠眼鏡越しに見えている女達は全員、大当たりなのだ。
「このまま隙見て後宮まで侵入してー……1人2人かっさらいてぇところだが……」
とはいえさすがに後宮ともなると、潜入も逃走もそう簡単ではないだろう。
決して油断しない。慎重に少しずつ、己の技量でどこまで単独でやれるか……それを確かめながら、マンハタは1日1度の潜入トライを続けて今日、ここまで入り込んだ。
元々黒褐色肌だが全身に、より自然な影色に見えるような黒色系の艶消しカラーを塗り、様々なものに出来る影の違いを熟知したその知識と経験をフル活用。
長い手足に負けないほどの自慢の相棒に、今は静か堪えるんだと言い聞かせて自制させながら、影に潜み移動するプロ根性で、日に日に潜入記録を更新し続けた。
そんなある日。頑張る彼に、まるでご褒美と言わんばかりにそれは見えた。
「! お、おお!?」
遠眼鏡越しではあるものの、もう肉眼でも目を凝らせば見えないこともない距離―――後宮のとある一部屋の窓辺で、ソレは見えた。
「(おおお、丸見えじゃねーか! ……しかしおかしいな、あの美少女ちゃんの相手の野郎……王じゃあないぞ??)」
この国の王は高齢で、後継者を得るために苦労していると前情報で知っている。
だがどう見ても男の方は若い、衛兵か何かだった。
「(……いや、あり得ねぇ話でもねぇか? あんなジジイじゃ毎晩は無理だろーし、あんだけいっぱいいる女どもだ、自分の番が回ってくるまでかなり日数空いちまうから、持て余して衛兵を引っかけて……ってか)」
だったら自分が1人や2人、頂いちまっても構わないよなとマンハタは口元を緩ませる。
ますますやる気を沸かせつつ、この夜はその部屋を覗き続けた。
そして翌日。マンハタはついにトライする。
王宮、ではなくその先の後宮への潜入に、だ。
「(後宮にゃどーしても王宮を通っていかなきゃなんねぇ……外壁をよじ登って潜入できねぇからなぁ……)」
さすがのマンハタでも登れる壁ばかりではない。かといって、影に潜めるといっても限界がある。
そんな彼が取った今回の潜入方法は、王宮を出入りする者の後ろをついていく、というシンプルなやり方だった。
もちろん、ただ後ろについていくのではない。影に潜むのと同じく気配を消し、存在感を希薄にして、前を歩く者はもちろん、周囲にも何とも思われないほど、自然な形で溶け込み、移動した。
「(よーし、よしここまで順調。次は……アイツだな。後宮の入り口までもう少しだ……)」
最大の難関はその入り口をどう通るかだ。
いくら存在感を希薄にしたところで、透明人間でもない限り、そのまま素通りとはいかない。
一番確実なのは、入り口の脇に隠れられそうな場があればそこに身を潜め、後宮を囲う内壁をよじ登って侵入する流れだが、入り口付近の構造がどうなっているかが彼には分からない。
なのでマンハタは今回、後宮入り口付近の様子を確認できるところまでにしておき、それ以上は欲をかかないつもりでいた―――しかし
「(お? いーい感じに大き目の植物が植えられていやがるじゃあないか。どうぞお隠れになってくださいと言わんばかり……しかもそのまま奥にいけるな、上手く入り込んじまえば後はぐるっと人目のつかないとこまで回り込んでから、内壁をのぼりゃあ……おいおい、行けちまうじゃあないかよ!)」
幸いというべきか、後宮の入り口を張っている番兵は1人だけ。
その視界の死角をついて、入り口手前脇で植物の影に入ってしまえば―――
マンハタは素早く小石を飛ばし、後宮入り口の向かって左側の植物に当て、ガサッと音を鳴らした。
「ん?」
「む?」
前を歩く男と、後宮入り口の番兵が音のした方を見る。瞬間、マンハタは反対の、向かって右脇に入り、植えられている植物の影へまんまと入った。
「(よしよし、後はこのまま音を鳴らさないように奥まで進んで他から完全に死角になる場所を探してからこの内壁を―――)」
壁の外側、内壁のカーブに沿って植えられている大き目の植物は、まさにマンハタに味方してくれたと言えよう。
誰にも見つからずに、後はいい場所から内壁をよじ登って内側へと侵入すれば、そこはもう後宮だ。
しかしマンハタの思いもよらない形で、それは失敗した。
「―――っ!!?」
「はい、そこまでー」
「捕まえました。まさかそちらから来てくれるなんて思いませんでした」
美少女二人。後宮にいる女達と比べても、さらに数段上の容姿の女の子が、植物の影を進んでいたマンハタの進行方向にいて、バッタリ遭遇したかと思えば即座に捕えられてしまう。
「な、なん……―――ふぐ!?」
「静かにしなよー。騒がしくしたら……首、へし折るから」
アンシージャムンが長い首を片手で掴み、そこに恐るべき力を込める。
ミシリとノドが悲鳴をあげ、その脅しが嘘ではないことをマンハタに思い知らせた。
「なんだか蛇みたいな人、手足長いし……あ、この人、チンチンも長いよアンシー」
「本当に蛇なんじゃない? もしくはそーゆー魔物とか?? ……まーどっちでもいいっか。確実にコイツだよね、ママーの言ってたのって?」
「うん、そうだと思う。こんな変な人、他には見当たらないし……かかさまの所に戻りましょう」
そう言うと、二人の美少女は自分の倍はあろうかというマンハタを捕えたまま、いとも簡単に内壁を飛び越え、後宮の中へと戻っていった。
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