第380話 決しつつある趨勢
エル・ゲジャレーヴァ南後陣より8km強。ムーの構えた銃口から煙が上がっていた。
「ん。……当たった。フ……飛ぶ、なんて……迂闊」
身重のはずなのに、まるでそうは思わせない語り口。いかに手伝わせたとはいえ、重厚長大な銃を運搬・組み立てから射撃に至るまでのその運用っぷりに、ルイファーンから遣わされた男達は、ゴクリとツバを飲んだ。
「すご……」
「この距離で? え、当たった?」
「うっそ……だろ……??」
いまだ銃の常識は、砂漠や荒れ地では不利という世の中の当たり前に対し、長距離狙撃を難なく成功させてしまう赤褐色の妊婦。
そもそもこんな出張ってくること自体、はばかられるべき身体だ。
「……適度な運動、大事」
そんな自分に対する彼らの考えを、見透かしたとばかりにニヤァと微笑むムー。
周囲の侍女たちはハラハラしているものの、既にムーが規格外なお人だと理解しているのか、自ら銃を取り回して活動することを止めはしなかった。
「うん……いい感じ……、弾と火薬の差し入れ、感謝」
「あ、はい……」「ど、どういたしまして」「お役に立てたようで何よりです」
・
・
・
グラヴァース南軍のみならず、全体としてほぼ弾薬の類は尽きかけていた。
その事を、北軍に接触した際に把握したルイファーン達は、東の本陣跡に到着した後に小隊を出して、自分達が持ってきた分から、不足しているであろう弾薬や物資の類を持っていかせた。
ルイファーンの判断はまさに英断であり、結果的にリュッグは敵の強襲に晒されずに済んだ。
「東にも一部を回す、か……」
「はい。ルイファーン様も連れてきた300で固めるには限界があり、頭数の加増が必要、と」
敵の強襲を食い止めた後、南門拠点に入ったルイファーンからの使者は、リュッグに対して兵の一部融通を求めてきた。
「確かに……南北が予定通りに門から内側へと食い込んだ今、ヒュクロ側は脱出を視野に入れ始めてもおかしくないな」
いかに個体で強いとはいえ、頭数がここまで減ってしまっては、優劣は決したも同然だ。
何よりこれまでの戦いを見る限り、ヒュクロはこのエル・ゲジャレーヴァ占拠にこだわっているようには思えない。そうすると、戦況劣勢と見ればあっさりと捨て、この地より脱する選択をする可能性は低くない。
「なら1000を回そう。元々南軍は8000を擁していたし、俺達が合流した分も含め、この戦況ならまだそれくらいの余裕はあるだろう?」
問われたシルバムは、少し考える。頭の中で数を数えているのだろう。
「……はい、それならば大丈夫かと。ただその分の物資の運搬なども必要になるかと思われますが、そちらの
「問題ありません。3000が1週間は活動できるだけのものを運んできたつもりです……結構無茶を言われたものですが、人間やればできるものですね」
シルバムの問いに、男は引きつったような笑みを浮かべながらそう答える。
ムカウーファの町を出立するにあたり、ルイファーンが運搬する物資に関して無茶な量をオーダーした事を思い返し、溜め息をつきたくなる思いが彼の中で蘇っていた。
「ではそうしよう。後陣から800、この南門拠点から200を出す。俺達と一緒に東本陣跡にいた者もいるから、そいつらから色々と聞いてくれればいい」
頭数の差が顕著になった現状、南北の挟撃状態から、再び包囲する方向に配置をシフトするのは悪くない。
何せ敵はただの人間じゃない。1体でも逃せば、世の中には結構な脅威となって後々まで悪影響が出る。
「……そういえば、ムーは大丈夫だったのか? 体調は?」
ムーの射撃に助けられたリュッグ。だが当の本人は撃つだけ撃って、後陣へと引っ込んだらしい。
「ぜーんぜんへーきだったよ。おねーちゃんからしたら、散歩くらいの感覚だろーしねー、あれぐらい」
ナーが10名弱を率いてムーの元へ行き、銃の弾薬などを少々貰ってきた事で、真っ向から攻め寄せて来ていた敵も退けることができた。
どうやらこちらの弾薬が底をついていた事を見通していたようだが、それが復活したことで、敵は泡を食っていた。
「なんにせよ助かった。あとでまた礼を言っておいてくれ」
「うん。それよりこれから後はどーすんの? 弾薬の補充が来たから、また射撃できるようになったけどー」
そこについては何とも言い難い。補充できたとはいえ十分な量とは言えないので、おそらくはナーを中心とした一部の腕利きのみに絞ることになる。
また、今頃ヒュクロにも、こちらの銃火線の復活は伝わっているはず。となると、それに対する方策は取って来るはずなので、安易な銃撃は弾薬の無駄に終わる可能性が高い。
「銃は節約しよう。こちらから攻勢に出るにも、北が安定した後、息を合わせなければ効果は小さい。それに東を塞ぐ兵を回すにも時間が必要だ……もう少しばかりは、様子見の現状維持、だな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます