第354話 弱点はその欲の深さにあり
崩壊し、魔物化した元囚人たちに占拠されたとはいえ、エル・ゲジャレーヴァは要塞都市だ。
ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の守りの一翼を担う方面軍の本拠地だっただけに、軍事施設部分だけでなく都市部も広大である。
『見回りは迅速に、高頻度で行うように』
ヒュクロの手勢は元囚人たちおよそ8000少々。戦力として見た場合は多いし強大だが手数として見た場合、この広大なエル・ゲジャレーヴァを隙間なく保持し続けるには不足している。
だがヒュクロは、魔物化による向上した身体能力によって数の不足を
『はぁ~ァ、めんどクせーナぁ……』
ヒュクロの考えは合理的で理解はできる。だが、やらされる側はやはりたまったものではない。
外壁の上を外を見ながら全力ダッシュ。人間よりもハイスピードで駆けられるし、相応の距離を走破できる体力は確かにあるが、まったく疲れないわけではない。
一応、見張りは15人体制。常に5人が外壁上を走り、都市周辺に異常が見られないか注目しながら駆け抜けている。
『1辺が……2kmはアるか? ソれを4辺ダからエート……1日に8~10km、何度も走らサれてルってェ感じカ……ウゲェ』
具体的に数字を思い浮かべるだけで気持ちが思いっきり萎えてくる。
何でオレがこんな事をしなきゃならねぇんだと、不満が膨らむ。
人間を超越した力を得たのに……もっと好き放題に面白おかしく生きられると思っていたのに。気付けば下っ端よろしく、長距離を全力疾走しながらの見張り仕事をさせられている。
これじゃあ何も変わらないじゃないか。人である事を捨て、魔物と化したっていうのに、人間だった頃と大差ない。
そう感じているのは彼だけに留まらない。他の魔物化した囚人たちも同じような不満を覚え、そして日々膨らませていた。
そんな状態の中で先日、酒という魅惑の物資が手に入った。当然、彼らの欲求はおおいに刺激された。
しかし大量とはいえ8000もの頭数だ。数量が十分ではないし、そうそう次が手に入る状況でもない―――不満は解消されるどころか、潜在的に火がつきつつある。
元より強欲なればこその悪欲の限りの果て、凶悪犯罪者として監獄入りしていた者達である。少量の欲を満たしたなら、さらなる欲を喚起し、それは際限なく膨らみ続いていくもので……
『ヤったゾ! 酒ダ!! 今度は食イ物もアるゾ!!』
補給部隊と思しき小隊を発見して襲い得た戦果は、くすぶり出していた欲の炎に投下される燃料となる。
しかも、アーシェーンのこの辺りの機微の見極めはさすがと言えた。彼らがもっとも欲を刺激される、過度でもなく不足すぎるでもない絶妙な量の補給を装った物資量。
特に食糧の類は、リュッグ達が合流時にサーペント・ガ・イールの肉や、アンシージャムンがちょこちょことそこらの砂漠で平然と狩って持って来てくれる獲物のおかげで、微量を敵に流すだけの余裕もあった。
……いかに、人よりも空腹に耐えられるとしても、やはり魔物とて生物だ。とりわけ強欲者な人間から変化した彼らは、正しくその強欲を維持したままである。
『オレにヨこセ!!』
『フザけンな! オレらガ分捕っテきタ獲物ダゾ!!』
収奪した補給物資を巡り、エル・ゲジャレーヴァ内で争いが起こるのは必然であった。
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「あはははっ! やってるやってる……うわー、醜いったらないわー」
「こんなにも簡単に混乱するものなんだ。すごいね、とっても勉強になるよ」
アンシージャムンと、陣地にいると男兵士達に囲まれるのでついてきたエルアトゥフが、遠くを見る仕草でエル・ゲジャレーヴァを伺う。
場所は1kmは離れている高さのある大きな岩の上だ。常人ならよじ登るのでさえ苦労しそうなその頂上から、遥か遠くのエル・ゲジャレーヴァの様子を、二人の怪人女子は余裕しゃくしゃくで眺めていた。
「元々欲深い連中だっていう話だしねー。……あーあ、完全に
「同士討ちまでするほどの事じゃないのにね。あ、アンシー、誰か出て来るよ? ほら、あの門のところ」
エルアトゥフに言われて、アンシージャムンが指摘された場所に視線を向けた。
確かに2、3体がエル・ゲジャレーヴァから出てきている。
「……ふーん?」
「どうしよう、遠いけどこっちの方に来てるよね、アレ? もしかして見てるのに気づいたのかな?」
「そうじゃないよ、エルア。アレたぶん、“ もうやってらんねー! ” ってヤツだと思うな。よーするに、脱走兵ってヤツ」
するとアンシージャムンは、彼女らしくない真面目な表情でフームと考えだす。おそらくはアレをどうするか考えているのだろうが、なかなか答えは出ない。
「ね。アレを捕まえたら、もっと中の様子とか分ったりしないかな??」
エルアトゥフが捕縛のセンで提案。実際、アンシージャムンもそれが一番かと思っていた。
「出て来るヤツはもう他にいなさそうだから……うん、それでいこっかー」
もし更に脱走兵がいたらちょっと面倒な事になっていた。
リュッグとシャルーアから、今はまだ自分達は秘密兵器だと言われている。その実力はもちろん、姿もできれば敵に見られたりしないのがベストだと。
なので敵を捕縛するにしろ、絶対に
いかに二人が強いとはいえ、数が多かったり時間差で後続があったりしたら、全てを100%処理しきれる自信はない。
だが、敵は2~3匹。しかもこっち方面に移動してきている。
アンシージャムンは何か思いついたと言わんばかりにニヤリと笑った。
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