第333話 気配違えど子は間違えない




「ザーイ、ルッタ、こっち―――敵は大きなヘビ?みたいな魔物、砂の中に30m隠してるっ」

 接敵まであと500m地点、先に来ていたエルアトゥフを見つけ、ザーイムンとルッタハーズィはそのすぐ傍を駆け抜け、情報をもらった。


「俺、わかった。エルア、いいコ」

「エルアは人間達の方に接触してくれ。魔物は任せろっ」

「うん、二人とも気を付けてねっ」




 二人がエルアトゥフの横を通過したのは僅か一瞬。スピードも落としていない。

 にもかかわらず、お互いに声が届く範囲内で必要な情報交換とそれぞれの役割分担を終える。


 灰色の怪人たちは成長し、その優秀さにより磨きをかけていた。


  ・

  ・

  ・


『キュルァァァアッ!』

 自分の食事を邪魔した人間達には腹が立つが、そんな感情もすぐに霧散。

 サーペント・ガ・イールは、足元の人間達など忘れたかのように北から迫る脅威的な気配を睨んだ。


「な、なんだアイツ? おい、よそ見をしているぞ、今なら―――」

『やめておくがよい。刃の1、2撃を喰い込ませたところであの魔物は痛みすら覚えぬ―――こういう時は、素直に助けられておくが賢明ぞ』

 兵士の一人を、とがめるように止めると、アムトゥラミュクムは軽く両目を閉じて片手を軽く挙げ、人差し指を立てた。


 すると指先から、ふわりとした気流が生じる。


 焚火を消した後にたちのぼる一筋のはかない煙のようなソレは、薄らいでいきながらも確実に、サーペント・ガ・イールの長いその身体に、縄をかけるかのようにまとわりついていきながら、見えなくなっていく。

 当の魔物もまったく気づいていない。


「……それは?」

『残り香のロープ、とでもいうべきもの。これでこやつがどこへ行こうとも、見失うことはあるまい―――あの子らにはこのくらいの手助けで十分であろうからな』

 リュッグがアムトゥラミュクムの技を理解しようとしていると―――




 シュオォオウッ!! バッ……ドドォンッ!!


『!!??? キュウルルルルッ!!』

 突風が吹くような音の後、強烈な衝撃で2発殴りつけられたサーペント・ガ・イールの頭が、後方へとのけ反る。


 しかし―――


「ほーぅ、強いなコイツは。全力じゃないといっても俺達の力で肉がえぐれない魔物は久しぶりじゃないか?」

「ルッタ、手応えあり。ダメージはある、ザーイ」

 サーペント・ガ・イールの手前の地面に音もなく降り立つ兄弟。全身灰色の男達は、人間に限りなく近い形をしてはいるが、1人1人が目の前の巨大な魔物にも劣らない存在感を放っていた。




「も、もしかして、あれが……っ?」

 隊長のイクルドは、驚きながらも察する。


「以前よりも随分と成長している気がするが……ああだったかな?」

 ワッディ・クィルスからエル・ゲジャレーヴァに向けて砂漠越えする途上で出会った時に比べ、かなり成長していると、リュッグは自分の記憶を確かめる。

 (※「第189話 リュッグと進化した子供達」参照)


 やはり思い起こしてみても、記憶の中の彼らよりも遥かに成長・進化していた。

 あの頃はまだ、あくまで人間に極めて近しくはあっても、どことなく魔物の雰囲気が残るような、そんな感じだった。


 だが今現れた彼らは、見た目には100%完璧に人のそれ。全身灰色である事を除けば、見た目から魔物とはまず思えないほどに、その造形は完成されたものだった。



『言うたであろう? 進化しておると……あれらはもはや魔物ではない……一個の新種の生命と言うても良い状態にある。それより……もう1人来よったな。リュッグよ、後ろに振り返りて見てみるがよい』

「? 後ろ―――うわっ!?」

 そこにはエルアトゥフがいた。リュッグを見上げ、ニコニコしている。


 しかし足元を見ると、軽く砂煙が立っていることから、たった今リュッグの後方位置にたどり着いたのだという事が分かる。

 しかし、音と気配がまるで感じられなかった。5人の中では一番か弱そうに見えても、この末っ子とてタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人なのだ。


「お久しぶりです、リュッグさん。人間さんの気配がすると思って見に来たら、まさかリュッグさん達でしたか」

「あ、ああ……久しぶりだな。何というか、見違えたな、キミも」

 エルアトゥフの姿はほぼ、シャルーアそのものだった。


 以前はまだ “ とてもよく似ている ” という感じだったのが、形状が99%シャルーアそのものになっていた。

 大きな違いはその全身灰色である点と、シャルーアと違って表情豊かだという事。そして、瞳が黄色に輝いているという3点だけだった。




『久しいな、エルアトゥフ。……と言うても、今の我では分からぬであろうが』

 アムトゥラミュクムがそう言うと、エルアトゥフはマジマジとアムトゥラミュクムを見返す。

 そして、明後日の方を見たり、また別の方を向いたりして何やら考えていたかと思うと―――


「あ! もしかして……あの時の・・・・かかさまですか?? 気配がすごく似ています!」

 分かったとばかりに、ポンッと両手を胸前で叩き合わせた。その仕草までシャルーアによく似ている。


「あの時?」

 思わずリュッグが聞くと、エルアトゥフは僅かに興奮気味になる。


「はい、あのおっきな魔物やととさまを斬った時の気配と同じですっ」

 (※「第171話 公平なる太陽」

   「第175話 討鬼は偶然たる遭遇の末に」など参照)


 それは、かつてまだ今ほど人に近しくない頃に見た、半覚醒のシャルーアの気配。

 弱々しい人間の少女が見せた、思わず胸躍る憧れを喚起させるような強さの片鱗。


 それを振るう時に覗かせていた、いつもと違う気配と同じであると、怪人の少女は理解至り、無邪気に興奮する。




 まるで見た目よりも幼い少女のように喜ぶエルアトゥフの様子に、警戒していた兵士達も毒気を抜かれ、少しずつ緊張がほどけて行った。



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