第309話 魂の学び屋
ふわふわとした感覚。どこまでも広がるその空間は “ 長さ ” の証。
「………」
シャルーアは、漂うようにその空間に身を委ねていた。
『―――っのかた……ち、……ず―――』
『―――やみ……いでしは、……の眷属―――』
『―――結…を、早…っ、奴…の…を封……ん…!―――』
空間そのものに、長い長い歴史の全てが詰まっている。それが1つ1つ、シャルーアに教えてくれる。
悔恨、戦い、殺戮、力、災い、技術、哀しみ、風景……
様々なものがバラバラに、それも断片的に流れている。あまりに長く膨大な歴史ゆえに、一人の人間の血と魂に完全なる継承は不可能。
なれど重要かつ欠かせないポイントは抑えられる。断片的なものにしろ、それだけで不足部分を想像にて補える感じだ。
アムトゥラミュクムとして行動している今、シャルーアの意識は彼女と同じにある。意志も判断も会話も、すべて同じ……にもかかわらず同時に、継承した先祖代々の歴史の中にいた―――そして理解する、これは “ 学び ” なのだ、と。
「………」
歴代の “ 御守り ” の一族の女達。その生き様と想い、そして出来事と積み重ねた経験……時にシャルーアと同じような苦難にあえいだ代もあれば、一生を苦しむ事なく終えた代もある。
しかし、そんなご先祖様達全てに共通することがいくつかあった。その1つが、子を成すべきパートナーたる異性を、自ら見極めてきたということ。
「やはり……そう、なのですね……」
シャルーアも薄々感じてはいた。異性と肌を合わせる……否、対面しただけで何となく、目の前の人とでは子宝を得られないような気がしていた。
しかし、それを認めたくはなかった。それはつまり、かつて
・
・
・
『と、まぁそういうわけで、“ シャルーアとしての意識 ” は今、魂の学びとてでも言うべき状態にある。もっともその状態でも我と同一ゆえ、こうして話をし、見て聞くことも、すべて行っておる……というても、汝らには理解しづらかろうな』
以前までのシャルーアの人格ともいうべきものは、今はどうなっているのかが気になっていた側妃達の質問にアムトゥラミュクムは答えたのだが、やはり摩訶不思議過ぎて、彼女の言う通り皆、理解に苦しむ表情を浮かべている。
『致し方なし。シャルーアは受け継いだ血と魂が歴代でも濃すぎるゆえな……人で言うなれば、魂が何十個分に相当するかのようなモノ……我がこうして顕現できたは、子孫の中ではシャルーアが初めてのこと。……それでいて、シャルーアは己が秘めたるものを扱うに、知識も経験もあまりに不足しておる。結果、我と同一の存在でありながら、傍目には分離した存在の如きに見える状態とあいなっておる』
本来ならば、このアムトゥラミュクムの存在とはシャルーアの一部に過ぎない。シャルーア自身の断片であり、シャルーアの意識と感覚で行使する彼女の魂そのもの。
だが、歴代でも随一の類まれなるモノをもって生まれたシャルーアは、色々と教わる前に先代である母が亡くなってしまった。
本人が未熟ゆえ、その秘めたるモノがシャルーアに力を貸してきた―――結果、彼女の秘めたるモノが、祀られていた書物を鍵として、遠い始祖アムトゥラミュクムとしてシャルーアの内から表へと顕現した。
「うーん、難しい……けど、何となくは、うん、分からない事もない……ような」
ハルマヌークは理解半分といった様子で、しかし戸惑いはまだ消えないと複雑そうな表情を浮かべた。
『フフ、まぁ曖昧な理解で良い。はなから人が完全に理解及ぶような領域の話ではないのでな。あまり考えすぎよると、頭が壊れてしまうぞ?』
そう言ってお茶を一口。アムトゥラミュクムもシャルーアと同一の存在だけあってか、よく食べ、よく飲む。
しかも基本寡黙で表情の変化に乏しいシャルーアとは逆に、コロコロとよく表情に出る。
元から美少女であるシャルーアだが、顔立ちそのままに食に愛らしいリアクションをその都度取るアムトゥラミュクムは、側妃達のハートを掴み、自然とお菓子などの貢ぎ物(餌付け)も増加。
おかげでアムトゥラミュクムは上機嫌な時が多く、後宮を満たしていた当初の緊張感ある空気も、いつの間にかほぐれていた。
『さて……もうそろそろであるかな』
アムトゥラミュクムが、指についたお菓子のカスを舐めとる―――と、ほぼ同時に後宮の入り口方面が少し騒がしくなった。
「失礼、アムトゥラミュクム様に会わせてくれ」
『こちらぞ、リュッグ。その様子、アワバ達は見つけおったな?』
入って来るリュッグは、すっかり後宮でも慣れた男の来客だった。
シャルーアの保護者というのも大きいが、それ以上に壮年のそれなりにガッチリした体躯の傭兵というのは、ある種のワイルドな魅力がある。
しかもヴァリアスフローラが明らかにリュッグに完全にズブズブに惚れてる様子な事も手伝って、後宮の側妃達の目には異性として魅力的にうつっていた。
「ああ、呪術のセンじゃ難しかったらしいが、魔術の一環として調べをつけた結果、それらしい者が何人か分かった」
そう言って空いているテーブルに持ってきた用紙を数枚広げるリュッグ。何々と興味津々に近づいて覗き込みにくる側妃達の中、アムトゥラミュクムはその用紙を眺めた。
『……、……こやつだ。間違いあるまい』
1枚を手に取り、そこに載っている写真を見ながら断言する。
「なぜそう言い切れるんです?」
『 “ 呪術 ” を使う者は、呪力という魔力とはまた違った性質の
すると、側妃の一人がようやく他の側妃達の合間を縫ってその紙を覗いた際、不意にえっと声をあげた。
「……う、ウソ? テムジンさん??」
信じられないと声をあげたのはエマーニの取り巻きの1人、デノだった。
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