第307話 対峙するは異形なる同業者




――――――ベイヌンの町より、北へ10km地点。



「はぁ、はぁ、はぁ……くっ、ようやく、ようやくここ……までっ」

 一人の兵士が、息も絶え絶えになりながら、調教された軍のラクダを飛ばす。


 軍馬に乗っていた同僚達はすべてやられ、皮肉にも支援が任務の騎駝部ラクダ隊の自分だけが生き残り、走り抜けることができた。



 エル・ゲジャレーヴァで起った大きな異変。それは長らく王都に伝わらなかった。

 その理由は他でもない。グラヴァースの放った危急を伝えるはずの伝令たちが道中、ことごとく殺されてしまっていたからだ。


 その事に気付いたグラヴァースは、崩壊したエル・ゲジャレーヴァ近郊に残存戦力をまとめて、敵と交戦。

 生き残った住人の避難もままならぬ中、今もなお厳しい戦いを続けており、そこからとにもかくにも王都にこの危機を伝えんと、数多の伝令を走らせた。


 何なら途中、旅人でもいい。とにかく届かなければ援軍はこない。



 だが敵は頭が良く、そんな動きを見透かしていたとばかりに、グラヴァースの放った伝令達を駆逐してしまう。


 ようやく最近、辛うじて王都に旅人のウワサ程度に伝わりだしたというのが現状で、まだ正確な情報は届いていない。


 伝令の彼も、多くの傷を負いながらラクダを走らせていた。



「……う……」

 不眠不休がたたり、意識が何度も飛びそうになる。


 ガシッ


「踏ん張れ、もう少しだぞ」

「あ、ありがとうございます、トルベオ殿」

 トルベオ以下、3人が伝令兵に付き添う。彼らはファーベイナで遭遇したメサイヤ一家の者だった。


「強行がたたったな。傷口が開いたんじゃねぇの?」

「ユールクンドを経由せずに突っ切るか。でなきゃ王都つく前におっ死んじまうぜコイツ」

「親分にちゃんと送り届けろ、って言われた以上、途中で死なせちゃ合わせる顔がねぇわな」

 口は悪いが義理人情に厚い。そう感じさせるゴロツキ達は、傷だらけの伝令兵を支えながら、ともに王都ア・ルシャラヴェーラを目指していた。



  ・


  ・


  ・


 一方でその頃、ファーベイナの町の北10km地点。メサイヤは500人ものゴロツキ達を率いて北上していた。


「しかし親分、まさか本当にあのエル・ゲジャレーヴァが陥落したとは驚きですね」

 エッソンは幾分か緊張感を滲ませながら、メサイヤに話しかけた。


 今回の仕事は他でもない、エル・ゲジャレーヴァを崩壊させた魔物達の討伐。問題はエル・ゲジャレーヴァが国の方面軍の拠点で、相当な戦力があったはずだという点―――つまり、今までのような野良の魔物相手とはワケが違う強敵がいるということ。



「あの伝令の者の話が事実ならば、簡単にはいかぬだろうな。……死傷者が多く出るやもしれん」

 メサイヤは腹の底に力を込める。相棒の巨馬が力強い足取りで歩くも、主人の変化を感じ取ったのか、幾分か気を使うように己の身体の揺れを抑制しはじめた。


「敵がどんな魔物かってのが不明なんも厄介すねー」

 エッソンとは反対側を並走していたゴロツキが肩をすくめる。リラックスはしているが油断はしていない、そんな雰囲気だ。


「分かっているのは、魔物にしては頭がいい……という事くらいだな。正規の軍の伝令を潰し、情報を外部にもたらさない―――まるで参謀か何かのような考えと動きだ」

「参謀っすか。魔物がねぇ……」

「親分はどうお考えで?」

 やはりどこか不安があるのだろう。相手が分からない上に軍の拠点を壊滅させるさせるほどの戦力……不安になるなという方が無理だ。


「……あるいは、裏切り者かもしれんな」

「裏切り者?」

「ああ、エル・ゲジャレーヴァの方面軍に所属していた者が、何らかの方法で敵を―――魔物を手引きした、と考えれば辻褄は合う。いかに強力な魔物といえど、知能まで高いものが、そんなにいるとも思えん。だが、都市1つを滅する戦力ということは、頭脳は人間が担当し、上手く魔物を誘導ないし操り、かの都市を滅ぼし……」


 そこで言葉を切るメサイヤ。ジェスチャーで全体に停止を促す。




『ククク、ゴロツキの親分にしては、いい頭をしている……80点、というところだな』

 異様。目の前に立つそれは、まさに異様の一言に尽きた。


「……なるほど、その可能性もあったな―――魔物化、か」

 ゆっくりと言葉を紡ぎながら馬から飛び降りるメサイヤ。

 慌てて部下達が巨大なグレートソードを数人がかりで運び、手渡す。


『その通り……ククク、知っているゾ。貴様……メサイヤとか言う、新興の賊の頭だな?』

「同類か。なるほど……大監獄の元囚人、といったところか。それならばあの都市が短期間に崩壊したのも頷ける」

 いくら強大無比な魔物であっても、軍拠点としての城塞都市たるエル・ゲジャレーヴァを、そう簡単に外部から攻め滅ぼすのは容易ではないはずだ。


 だがもし、予想外の侵攻を許したとしたら話は別。


『フハハ、面白い。どれ、久々に今どきの新人・・のお手並みがいかほどか、試してやろウ』

「(元山賊か何か……大監獄に収容されていたと言う事は、相当な悪名高い先輩というわけか―――)―――いいだろう、この道は外道なれどそこからすらも堕ちた者に引導を渡すもまた、同業者の情けだ。お前達は手を出すな、いいな」


「へ、へい!」「わかりやした、親分」

 ニィイと笑う異形が、1歩1歩近づく。

 それに呼応するようにメサイヤも1歩1歩、前に歩んでいく。




 ビリビリとした空気が張り詰め、静寂が辺りを包み込み、砂漠の砂を撫でる風だけが時折音を立てた。


 そして、誰かがたまらずゴクリと生唾を飲み込んだ―――その瞬間


『ッ!』

「ッ!」


 ドンッ!! ガキィイイン!!!


 異形とメサイヤは弾けるようにして互いに突撃し、ぶつかり合った。



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