第298話 晴天の王都にやがて雲は流れ来る




―――それは、数日前の王都内の某所地下。



「驚きやしたよ、リュッグさん。アッシらの助けは必要なかったんじゃないですかい?」

 アワバ達は、半ば呆れるように緊張を解く。


 踏み込んだ先。リュッグは自力で束縛を解き、そればかりかヴァリアスフローラを完全にはべらせてしまっていた。




「わ、あわわわわ……」

「ああ、心配はいらないよ、彼らは味方だ、落ち着いてセイさん」

 アワバ達に怯えるセイニア。

 ベッドの端に座るリュッグに、ヴァリアスフローラがまるで愛猫みたく擦り付いてるのには慣れたものの、さすがに見知らぬゴロツキ達には全身硬直ものだ。


「やれやれ……貴族に取り入って、いろいろ情報収集したのに、こっちは・・・・無駄に終わったね」

 ミュクルルとしては大手柄をたてたつもりだっただけにやや残念ながら、ともあれ無事でよかったと肩をすくめた。


「すまなかったな、色々心配かけた……で?」

 リュッグは至極短く問いかけた。


 彼らがそれだけしか掴んでいないはずがない―――リュッグを助けにきたという事は、シャルーアについても……そして事の全体としてもそれなりに何かを掴んだからこそ動いたのだ。


 長期戦上等という慎重姿勢でと事前に取り決めていた以上、決定的な動きをする時というのは、それだけ色々と揃った時だけだ。



「へい、シャルーアお嬢様のこともそうですが、それ以上にきな臭い話もありやす。あと……ウワサなんですが、エル・ゲジャレーヴァで何かあったと……本当ならおっつけ、王宮のお偉いさん連中が騒がしくなってくるかと思いやす」



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 リュッグは、アワバ達に宿を引き払わせ、そのままこの地下室のある建物へと拠点を移した。

 もちろん、家主のヴァリアスフローラの許可込み。


「しっかし……結構エゲつない手段を使いやしたね、リュッグさん。敵を孕ませた挙句、徹底的に垂らし込むなんて、しかもアレは人妻でしょう?」

 呆れ気味なアワバだが、リュッグはまるで悪びれない。


「手を出してきたのは向こうだ、妊娠にしろこっちが強制された側だ、遠慮するいわれはないさ。……それに、思い込みと勘違いによる暴走のツケだ。最初から敵なんかじゃあない―――感情の先走りで大事を考えてしまった者の罰にしちゃ軽いもんだ」

 もっとずっと、ドロドロのズブズブな世界をリュッグは知っている。

 それに比べれば、ヴァリアスフローラの計画と仕儀は可愛いものだ。



「はぁ、なるほど……でも孕んじまってるのは事実なんでしょう? どーすんです?」

「ん? どーもしないが? 産みたきゃ勝手に産んで育てりゃいい。俺の種で孕んだって彼女が言わなければ家族全員、なんの問題もなく幸せに暮らすだろうし、言えば家庭崩壊……全ては彼女次第だ」

 アワバは思わず呆気にとられた。リュッグは紳士だと思っていたが、どうやら想像よりもストイックだったらしい―――


「(―――いや、違う。これは……怒っているんだ、あの女に対して)」

 リュッグはフェミニストではない。驚くほどしっかりとした男女平等主義といってもいい。

 悪さをしたなら性別問わず仕置きは当然……リュッグからしたらヴァリアスフローラなど、世間知らずの取るに足らないお嬢様も同然なのだ。


 だから人生に関わるほどの真似を持って、浅はかなたくらみをした彼女を咎めているのだ。勝手な考えで新たな命を宿した事と、それに対する全責任を負わせるという形で。



「そんなことよりもだ、彼女を落とすことにも成功したからな、次はシャルーアだ」

「へい、助けに行くんですね? 今、ハルガン達に侵入の道筋を探らせ―――」

「いや、助けるというのは少し違う。シャルーアにしても囚われている自覚はないだろうし、それに……」

 リュッグとしては、別にシャルーアさえ望むのであれば、本当にこのまま王の側妃として、ひいてはいつかこの国の国母となるのは、彼女にとってまったく悪くない人生だと考える。

 シャルーアは出しゃばらずによく支え尽くすタイプだし、名家のお嬢様出で礼儀作法や教養も抜群……王妃という立場は、むしろ大はまりするだろう。


 そしてそれは、この国でもっとも安全な地位と立場だと言える。今後の少女の人生を思えば、王に嫁ぐ道はシャルーアにとって最良には違いない。



「―――ま、重要なのは本人の意志がどうあるか、だな」

「???」

 果たして王子様のお嫁さんになるシンデレラは幸せだと言えるだろうか?

 未来の国王の花嫁、地位、財力、名声、世間体……そのどれもが最高な、女の子が夢見る玉の輿は、本当に幸せな道と言えるだろうか??


 もっと現実的なところで言えば、大金持ちの男性に嫁いだ女性というものが、ただそれだけで幸せになれるかどうかを考えた時、その答えはNOである。


 それ・・だけで幸せになれるのならば、生まれの良かったリュークス=ルイ=ローディクス少年は今頃、異国で傭兵などにはならず、幸せに暮らしていたはずだ。



「(全ては本人次第……。何を良しとし、何を悪しとし、何を受け入れ、受け入れられず、求め、拒絶し、満足し、不足とするか。目に見える分かりやすいモノだけでは、残念ながら人の幸不幸は決まらないもんだからな)」

 シャルーアならば、王家の人間としても不足なく務められるだろう。だが本人の望みは? そういう環境と立場とあり方を受け入れきれないのであれば、どこかで必ず不満や不足、あるいは不幸を感じるものだ。


 それを我慢する事が出来るのならば良し―――だが、人間の持つ価値観とは我慢で済ませられない時というのも多々あるもの。



「……絶対的に重要なのは、どこまでいっても本人の自発的な意志―――とにもかくにもだ、どのみち一度、直に王様とは接触しないといけないのは変わらない。王都に来た本来の目的もそれだしな……アワバ、ハルガン達が帰ってきたら手立てを考えよう、今ならばヴァリアスフローラを利用できるゆえ、王宮への潜入もそこまで難しくはないだろうしな」

 何より今、気になるのはアワバ達が仕入れたエル・ゲジャレーヴァに関するウワサと、きな臭い貴族の動きだ。


 それらがどう転ぶか次第では……



「状況が変わった以上、そろそろのんびりはしていられそうもない。デカい問題・・・・・が起こる前に、こっちは解決しておきたいからな」

 国が変わっても貴族という存在は似たり寄ったりなのか―――リュッグは軽い失望感を感じつつも、今後についての計画をアワバと詰めていった。




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