第287話 王の花園を覗かんとす




「かー、やっぱ後宮ハレムは綺麗どころばっかだよなぁ……いいなぁ」

 オブイオルにとって唯一の救いは、新しい自分のポストの、仕事部屋の窓から後宮の中がほんの少しだけ垣間見える事が分かった点だ。


 もちろん距離があるので、肉眼ではよく伺えない。なのでオブイオルは早々に、なけなしの金をはたいて異国から入ってきたという最新の双眼鏡を購入。


 面倒な仕事の日々に溜まる鬱憤うっぷんを少しでも和らげんと、部下がいない隙を見計らっては後宮ハレムウォッチングに興じていた。




 ガチャ


「オブイオル様、こちらの書類にもサインをお願いします」

「ああ、分かった。そこに置いてくれ」

「はい、では失礼致します」

「ウム」


 バタン


 おかげで部下が入室してくる気配を察するのが上手くなった。誰かが来ると察知した瞬間、いかにも仕事をしてましたよ風を取り繕う。

 執務机に向かって仕事に励んでいますよ態勢を一瞬で整え迎え、用件が終わった相手が退室するや否や、また双眼鏡片手に窓に張り付く。


 だが、当然ウォッチングばかりしていては仕事が滞り、訝しがられたり方々から怒られたりするので、それとなくほどほどに一応は仕事もこなし続けていた。



「は~……メンド。なんだってこんな無意味な書類の山を作るんだァ? 紙の無駄だよ紙の、ったく」

 愚痴を言いながらも、サインだけしてればいい書類をまとめて片付ける。


 面倒なのはちょい後回し―――処罰されたグラムアの仕事は、王都の建築に関するものではあるが、基本は工事や権利関係に関する申請を許可するかしないかを考えるものだ。


「ただでさえ過密気味になっていってるんだ~、少し遅れるぐらいでちょーどいいんだよな~……お、あのコ可愛いじゃん。いいな~、あんなコと一緒に寝れる陛下が羨ましいぜ」

 オブイオルの怠慢は本来なら許されるものではない。だが、彼のその怠慢のおかげで、意外にも上手くいっている部分もあった。



  ・


  ・


  ・


「やはり過剰か」

 ファルメジア王は眉間にシワを寄せる。

 この日の会議の主題は、王都の人口増に関するものだった。


「はい、王都への人口集中はこのところますます加速している傾向にあります」

「まだ受け入れ可能な状態ではありますが……受け皿としての余力はなくなりつつあるかと」

 この王都はせり上がった台地の上にある。

 その台地上の土地を全て埋め尽くしてしまえば発展余剰もなくなり、当然やってくる人間を受け入れる事もできなくなる。


 そこまではまだいい。限界が来たのを理由に、新規の居住希望や商売人の新たな進出を規制すればいいだけの話だ。

 しかし問題は、王都は基本古くから・・・・栄える都市だという点にある。


「建物の老朽化の問題はどうか?」

「深刻です。いまだこの王都の建造物は、150年以上前のものが全体の6割以上を占めており、特に活気のあるエリアより遠く離れるほどにその密度は濃くなり、建て替えなども進んでおりません」

 一度住み着いたら、人はその住処をなかなか改めようとはしない。


 修繕くらいはやれても改修や、まして建て替えなどと大きなところに話が及ぶと、なかなか腰をあげないものである。

 金はかかるし、住処への愛着もあるからだ。


「新規の建物の建築などに関しましては、グラムア元大臣の後釜に入ったオブイオル殿がある程度、申請に対する許可を遅らせている・・・・・・ようで、今のところ以前のような建築ラッシュが起こることは防がれております」

「ほう、存外やれる男であったか?」

「はい、どうやら仕事はそれなりに出来るようです」


 本人の知らぬところで思わぬ評価につながる。





 その結果―――


「だーーーー!! なんだってこんな夜中まで仕事せにゃならんのだっ、なんだこの書類の山は!? オレが適度にサボったから溜まったって量じゃあねぇぞ!!?!」

 オブイオルの仕事部屋には机の上のみならず、部屋中にとんでもない量の書類の山が出来上がっていた。


「(どーなってんだぁ?? こんな真夜中まで、仕事部屋に泊まり込みで紙きれと向き合うとか―――)―――あー、やってられっか!!」

 オブイオルは乱暴に立ち上がると相棒の双眼鏡を取り出し、夜の後宮ハレムウォッチングに興じはじめる。完全なる現実逃避だ。



「(あー、どっかで夜風に当たってるカワイ子ちゃんでもいねぇかなーっと……)」

 さすがに夜は視界が悪い。が、側妃達の部屋の明かりがバルコニーへと漏れ出ていて夜の闇の中によく見えているので、むしろ部屋の配置なんかは分かりやすい。


 その部屋の明かりを頼りに1つ1つ双眼鏡で見ていくオブイオル―――と、ある場所でその手は止まった。


「ん? あそこに誰か……お、褐色肌のカワイ子ちゃんがいるいる。おー、すっげぇスタイルいいじゃん。くー、あの手すりの上に乗っかったオッパイ、思いっきり揉んでみてーなー」

 そのままオブイオルがウォッチングを続けていると……


「お? 陛下じゃん。今日はあのカワイ子ちゃんのとこに “ お通い ” ってわけかー。なんだなんだぁ? 1発ヤる前に夜空を見上げてロマンチックな語らいです、ってかぁ?」

 羨ましいことこの上ない。オブイオルが妬みの舌打ち混じりにウォッチングし続けていると……


「……うぉっ!? ま、マジかよ、そこでおっぱじめんの!?」

 陛下と褐色の側妃がバルコニーで致し・・始めた。


「(おいおい、陛下お盛んじゃんか。ちょっと前まで元気がないなんてウワサが立ってたってのに……うひょお、やっべ、あのコ上手くね?)」



  ・

  ・

  ・


 結局、オブイオルはその後も、王らがバルコニーから部屋へと戻っていくまで行われていた閨ごとをウォッチングし続けた。

 そしてようやく仕事に戻った時、すでに日をまたいだ時刻で、急激に眠気が襲い掛かる。

 結局、大量の仕事は1つも進むことなく遅れに遅れる事となった。




 後日、オブイオルに押し付け過ぎたかと上が反省したことで、ごっそりと書類の山が引き上げられる事となり、結果的に余計な仕事が減るという、彼にとっては幸運な展開となった。



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