第269話 平和であったがゆえの無様なる選択




 昨今、王宮に飛び込んでくる情報は主に国の北西、エッシナの国境地域で起きた魔物によるスタンピードの戦況報告が大半を占めている。


「レックスーラの被害が拡大。町の半分が壊滅状態です」

「住民の避難は完了しておりますが、受け入れ先が決まらず、避難民の不満が募っております!」

「現地では何とか防衛ラインを維持。ですが、かなりギリギリの状況で押しとどめており、再度の援軍を求めると」


 かなり厳しい状況にあるのが芳しくない報告の数々から透けて見える。だが王国としても既に出せるものは出し、各地の有力者個々人に協力を依頼してなお、捻出している状態だった。




 いかにファルマズィ=ヴァ=ハールという国が平和であったか、いかに脅威への備えというものを甘く見ていたかを痛感させられる。


「……むう……」

 ファルマズィ王国の長たるファルメジア王は、まさにぐうの音も出なかった。目元が険しくなり、冷や汗を流し、なおかつ玉座の手すりの先端を握る手に、強く力を籠め、己が無力の悔しさをにじませる。



「い、一体どうすれば……っ」「落ち着け、まだ防衛ラインは持ちこたえていると」

「だがこのままでは決壊するのも時間の問題で!」

「近隣の都市の権力者にさらなる捻出を要請しては?」

「すでにかなりの無理を言っているのだぞ、これ以上の要請は反感を買う!」

「だがそんな事を言っている場合では!」

「北西部の方面軍すら動員してこれとは……軍事力を蓄えてこなかったツケか」

「貴様こそが軍事費を削れと日頃から主張してきたではないか、笑わせるな!」


 大臣達の言い合いはやがて、責任の押し付け合いの口ゲンカへと変わる。誰も有効な策を提案する事ができないでいるというのは、国家政治の中枢たる現場としては最悪だ。


「……。……ふーぅ……」

 ファルメジア王は長く息を吹いて出した。心身がボロボロに削れ崩れていくかのような気分―――いっその事、楽になってしまいたいという自殺願望すら頭をよぎる。


「(いかん、このままでは……)」

 大臣達を責めることはできない。自分とて有効な手立てを何も思いついてはいないのだから。

 ただ叱責するだけは上司として無能。下々がダメな今こそ、トップたる者がしかと示さねばならないと言うのに……



「(やはり、やはりダメなのか、ワシでは……? アッシアド将軍……すまぬ。ワシは、ワシは……)」

 思わず天井を仰ぎ見て目を閉じる。

 そして躊躇っていた、1つの希望にすがる事に許しを乞うように、何度も何度も謝罪を込めて天に向けて祈った。



  ・


  ・


  ・



 会議の結果、各町や村に通達を出して志願兵の募集を強めるという落としどころで落ち着いた。

 これまでもやってきた事だが、それを少し強化しようという何とも消極的な話だ。


「陛下、おつかれさまです」「「「おつかれさまです、ファルメジア陛下」」」

「ウム……」

 後宮にて出迎える数多の妃たち。静々として、感情のない雰囲気の若い美女たちは、ただただ次代の子を成すこと、その使命を彼女らの実家より受けて後宮に入っている。


 王の子を身籠れば万々歳。さすればその妃の実家は大きな権力を得られる―――ただそれだけのための、権力欲の果てが、この後宮に美女が居並ぶ光景であるかと思うと、ファルメジア王は哀しくなった。



「(女たちに罪はない。じゃが……)」

 そのほとんどは、それぞれの家の栄達のための道具としての自覚があり、同時に己がその栄光を掴みたいという自発的な欲望を持っている。

 容姿こそ美女であろうとも、その中身は美しいとは限らない。


 虚飾。


 このファルマズィ=ヴァ=ハールの国王たる者だというのに、国難にて力無き無力な自分もまた、彼女らのことを馬鹿にはできない虚飾の王だと心の中で自嘲する。


「(王として情けなきワシには似合いと言えばそうなのやもしれぬな……)」

 彼は、まだ迷っていた。


 ゆえに出迎えの列に並んでいる妃たちの教育係、ヴァリアスフローラ=イトル=エスナに視線を向けない。

 先日、彼女から提案されたことを、まだ決めかねていた。


 何せそれは、上手くいったとしたならこの後宮の美女達の存在意義がなくなることであり、多くの者の人生に多大な影響を与えること。


 だが上手くいけば、この国難を救う一手となる―――それも確実にだ。


「(上手くいけば……か)」

 それはすなわち上手く行かなかった場合、前述のデメリットだけが発生する事に他ならない。




 王が神妙な面持ちで後宮の廊下を歩むと、妃たちもその後ろに列を成して続く。


「……ここで待て」

 後宮のさらに奥。庭と厳重なる鉄柵のさらに先に、王のみが立ち入る事の出来る小さな宮殿があった。


 宮殿というには本当に小さい、裏庭の隅に佇む物置小屋レベル。


 だがその造りは恐ろしく頑丈にして、その扉は王だけが持つ唯一無二の鍵でしか開くことができない。


 ガチャ、ガチャン


 王が入ると、自動的に扉は施錠される。出る時も鍵がなければ開かない。

 そんな厳重過ぎる小さな宮殿の中は―――何もない。


 入り口目の前の壁面のくぼみに、霊や神様を祭る的な彫像や飾りが置かれているが、それは万が一の侵入者を許した際に、この場所の意味をミスリードさせるためのブラフ。


 王は中央でしゃがむと、床模様の一部、指先ほどの大きさの部分に、右手の人差し指をあてた。

 さらに別の個所に左手の親指を当てる―――すると


 フォン……フゥゥゥゥウ……ゥン……


 王の姿は光と共に消える。

 そしてまったく別の、大きく広い空間へと、王は移動していた。




「……」

 無言のまま歩く。そして、祭壇の上にある2冊の書の片方を丁寧に手に取ると、傷めないように気を使いながらページをめくる。


「……。……果たしてアッシアド将軍のように・・・・・・・・・・・、このワシに相手となれる素質があるのかどうか……」

 その書物に書かれていることは、ファルマズィ王家に伝承される数多の秘伝の中でも、まさに歴代の王だけにのみ伝えられている内容―――これを知る者はこの世には1人だけ……とある一族を除いては。


「……やるしかない、か……すまぬ、アッシアド将軍。この国のため、ワシは将軍の怒りを買うとしても……。無力なこのワシを許しておくれ」

 今一度、確認したいことを終えると静かにページを閉じ、書物を祭壇へと戻す。


 その表紙には、太陽を意味する図柄とそれを囲いて喜ぶ人々のような模様が描かれていた。



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