第243話 世の乱れは暮らしを脅かす




 ファーベイナ。町の規模としてはそこそこ広いが、大都市に数えられるにはもう1歩足りない、少し古い町だ。


 高い建物が少ないが、これはかつて災害によって軒並み倒壊してしまったせいで、新たな町づくりに際しては災害に強い平屋や、よくて2階建て止まりな建物ばかりを建てたためである。

 現在でもかつての災害の際に倒壊し、瓦礫の山のままな場所が路地裏に多数存在し、犯罪者やゴロツキが居ついている。





「……まぁ、大きな町にありがちな話だな。シャルーアも迂闊に路地裏に入るんじゃないぞ?」

「かしこまりました、リュッグ様。次から・・・は気を付けておきます」

 シャルーアが傭兵ギルドから合流するのに遅れた理由をリュッグは知らないが、偶然ながらタイミングよくも説教となって彼女の耳に入った。


「とりあえず今日は宿でゆっくりしよう。慣れない町だからな、色々とやるのは明日からだ」

 一通り食事を終えて店を発つ二人。



 大通りは程ほどに賑わい、ちょうどよい活気に包まれている。しかし行き交う人々の顔は、どこか暗い雰囲気だった。


「……リュッグ様、何かあったのでしょうか?」

「まぁ、昨今の魔物の活発化なんかで色々影響は出ているとは思うが……確かに不景気なツラが多い気はするな」

 何か大きな問題が起こっているなら明らかにしておかなければいけない。


 ここからはリュッグとシャルーアの二人旅だ。この先の道のりでまたも難題が待ち構えているというのなら、前もって知って、相応の準備を整える必要がある。


「ちょうどいいところに酒場があるな、少し情報収集するか」

「はい」



  ・

  ・

  ・


「今はまだ昼だが、夜でもあまり変わらんよ。客入りは渋いままさ……ふぅ」

 そう言ってため息をつくのは酒場のマスターだ。

 この辺りは特定の宗教が根強く、ただでさえ出せる酒の種類に制約がかかっているところに不景気という、ファーベイナの町はなんとも言い難い状況にあるという。


 確かにカウンターの前から店内を見回してみても、端の方のテーブルに1、2人が座って軽い食事をとっているだけで、飲食店としては閑古鳥もいいところだった。


「不景気の理由は、やはり街道の治安悪化か?」

「ああ、まぁそれもある。だがそれ以上に面倒な問題が横たわっていてね……。メサイヤ一家ってのが最近、辺りで幅をきかせてるんだ」

「メサイヤ……一家?」

 シャルーアが不思議そうに反応する。何かに引っかかりを覚えているかのような雰囲気だ。


「……そのメサイヤ一家ってのは? シャルーア、もう一杯ジュースのおかわりをもらうか」

「はい、いただきます」

 情報代の代わりに注文をする―――これは広く通用する、一種の作法のようなものだ。


 しかもただでさえ売り上げが悪い相手としては、そこに貢献してくれるのはとてもありがたい。自然、口も軽くなってくれる。



「メサイヤ一家ってのは、メサイヤ=ベイヴスっていう男が頭目の野盗まがいな連中さ。だが自発的に、この町近辺の魔物どもを一掃してくれてもいやがるんだよ」

 バーマスターの話はこうだ。


 数だけはやたら多いメサイヤ一家は、その頭数を武器にしてファーベイナの町近辺の魔物達を自発的に退治してくれるようになった。

 どうやら彼らのお目当ては、魔物から取れる素材で、それを換金した金を得る事のようだが、1000人を越える構成員を擁する彼らは、ちょっと無視できないレベルで活躍したらしい。


 そうなってくると、いかに相手が野盗まがいな集団とはいえ、町のお偉いさん達も無視するわけにもいかず、お礼や表彰的な事を行って、その行為に報いる形を取った。


 ……だが、これがいけなかった。


「―――メサイヤ=ベイヴスの狙いはそこにあったのさ。町の偉いさんに認められたって大々的に喧伝し、これまで町の治安を守ってやったっていうことでデカい顔しはじめた。町長をはじめ、偉いさん方が頭上がらないような強みを握って、調子に乗り始めたもんだから、誰も抑えられやしない」

「結果、街道を行き交う商人に絡んでの賄賂・・通行料・・・の徴収など、やりたい放題か……野盗の集団をそこまで仕切って、企みもって動かせるなんて、随分と頭がまわるヤツなんだな、そのメサイヤ=ベイヴスってのは」

 強い公権力に潰されないためには、その権力者に大恩を売り、頭が上がらないようにするというのは、なんとも政治的なやり口だ。


 多少なりとも頭脳派でなければそんな知恵は浮かばないし、何より1000人以上の構成員で組織されている基本短気で欲深な賊集団をまとめて、迂遠な企みを成し遂げるのは至難。


 そこから透けて見えてくるのは、メサイヤ=ベイヴスという男はそれなりに頭がまわり、かつカリスマ性を有しているということだ。


「しかもいやらしい事に、決して分かりやすい悪さはしないんだ。だから取り締まりたくても、なかなか出来ない。好き勝手やられてるのは皆が分かっていることなのに、あいつらを叩き出すことが出来ないんだよ」

「頭のいい悪党、か……確かに厄介な相手だな、それは」

 危険をおかしてまでファーベイナにやってきても、余計な金や物品を要求される。何なら半強制的に奪われると言い換えてもいい。

 そんな事をしていれば、ファーベイナに商売に来ようとする商人はいなくなるし、それでファーベイナの商業力に陰りが出てくれば、町に根を張っていた商人でさえも、他所へと移ろうと考える者も出て来るだろう。


 いや、すでにその兆候は出ていると見ていい。町の人々の暗い顔は、すでに彼らの懐に影響が出始めていることの表れだ。




 ……とはいえ、リュッグ達は傭兵だ。町の存亡に関わりかねない問題だったとしても、それをどうこうする義理も手立てもない。

 可哀想ではあるが、このまま何もせずにファーベイナからいずれ離れていくだけ。気がかりがあるとしたら、次の町へと旅立つ際に、絡まれる可能性が高いという事くらいだ。


 リュッグがそんな風に考えていると不意に、裾が引っ張られた。




「リュッグ様。もしか致しますと……何とか出来るかもしれません」



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