第240話 お仕事.その16 ― 再びの大節足 ―
『キュラァァアア!!!』
シャルーアが対峙した
その身は以前遭遇したモノよりも太く、装甲はより厚い。何より全長が長く、動きも素早くなっている。
「(あの時に比べれば戦えるようになっていると言っても、まともに正面からやり合うには今のシャルーアには厳しい相手だ、考え、工夫しなければ勝てんぞ?)」
前の時は、偶然に振るった刀の斬撃が上手く間接を切断するに至ったことで倒せたが、いかにシャルーアの刀が切れ味鋭かろうと、今度はそうはいかない。
前回の奇襲とは違って、真っ向に現れたこの個体は、おそらく今までも多数の人間を倒しているのだろう。明らかに斬撃を警戒して間接を狙いにくいようにするかのような動きをし続けている。
「……」
シャルーアは、刀を構えたままジリジリと間合いを詰めようとしていた。
じっと魔物を見据える瞳は、真っすぐで、しかし何か考えているような知性の輝きが伺える。
『キュァアアッ!!』
独特な咆哮と共に、大きく、そして素早く身体を迂回させ、シャルーアの側面を突かんと襲い掛かる
だがシャルーアは、迫る魔物に対して動かない。
ドシュッ!!
リュッグを始め、傭兵達も隊商の商人も一瞬ヒヤッとした。
――――紙一重。微かにシャルーアの黒い髪が数本舞う。
「……んっ」
可愛らしく息を入れ、最小限の動きで刀を振るシャルーア。
シュオッ……
美しいとさえ言える空気を切り裂く音とともに、鋭い刃が短い距離を飛ぶ。
『!! ギウゥァッ!!』
やはりこの
そしてすぐに動き、一度シャルーアから離れた。
「……ふぅ」
シャルーアは、誰に教えられたわけでもなく自分で、ギリギリで回避するという発想をしていた。
自分に、これまで見てきた戦う男達のような体力がない事は明白。毎日トレーニングをするようになってからは、より現実として己が貧弱であることへの理解を深めていった。
なのでシャルーアは、体力の無さを補うことを考えた。それで行きついたのが、動きを小さくして疲労を抑える動き方をしてみる、という考えだった。
「へぇ、あの嬢ちゃん、なかなかやるじゃないか」
「あまり戦えるような感じじゃないのにね……まぁ今はそんな事いってられる世の中じゃないけどさ」
「まだまだのようだが、あの動きは誰にでも出来るものじゃないな。才能はありそうだが……」
3人の傭兵は構えを深める。
残念ながら、シャルーアからは実力者の香りがまったくしない。今の、回避からの反撃の一振りにしても、安定している動きにはとても見えなかった。
安心して見ていられる戦いではない。
傭兵達は、いつでも助けに入れるようにと、気持ちを引き締めた。
・
・
・
「はっ、んっ! えいっ!!」
『キュラアアッ!!』
存外頑張るシャルーアだが、やはり
鋭利な斬撃にも最小限のダメージに抑えつつ、自分の持てる攻撃手段を最適なタイミングで放ってくる。
中でも厄介なのが、口から撃ちだしてくる黒緑色の液弾だ。強い毒性があるのも脅威だが、大の大人が盾などで防いでもよろけてしまうほどに衝撃力がある。
そんな飛び道具を持つ
その事を理解したのか、
ビュッ、ビュッ!
「っ、くっ……んんっ、避けるので……精一杯、……んっ……はっ、ん!」
どうにか避け続けられてはいるものの、旗色が悪いのは明白。だがリュッグは牽制するように魔物の側面や背後に回り込むだけで、これといって手を貸そうとする素振りは一切見せなかった。
「(自分の
これは魔物相手だけに限った話ではない。人生においては直接的なこうした戦闘以外でも、様々なシーンにおいてその時の自分の全てが通用しない、なんて事は多々ある。
だが人間社会においてはまだ、直接的な命の危険というものはさほどない。しかしこうした魔物や、あるいは賊を相手にした場合は違う。
対処できなければ高確率で死に直結する。
むしろ、魔物全体で見れば
「……はぁ、はぁ、はぁ……、……」
いくら疲労を抑えるよう意識して動いたところで、戦闘が長引けば同じこと。息をきらしはじめたシャルーアは、一度大きく深く、息を吸い込んだ。
そして―――
「ええええええいっ!!!」
前に走る。いや、飛び出したと言ってもいい。それを見て傭兵3人はギョッとした。
「真正面からソレは無謀だ!!」
「っ、援護にっ!!」
「いかん、間に合わんっ」
ギュッ、ザッザッ!!
シャルーアの身体が途中で前進を止め、グリンッと回転。ステップを踏むように身をひるがえし、
シュラァッ!!
「せぇぇっ!!」
更なる掛け声とともに、シャルーアは素早くもう1回転する。
サンッ!!
『ギュアァアアァァァァアアァアァアッ』
断末魔の咆哮。
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