第155話 朝門の番犬は憂鬱である
ラッファージャ=ユード=マフマッドル。
数百年前、豪商で名をはせたマフマッドル一族の末裔。
大きく落ちぶれた近代においても、先祖代々培ってきた財産で絢爛豪華な生活を送っている一族だが、その中でも特に放蕩でどうしようもない男として知られているのが、ラッファージャであった。
――――――朝。
「ふぁ~……ぁ、昨日はあまり眠れなかったな……」
砂漠の中に佇むラッファージャの個人宮殿の入り口で、交代したばかりの門番の男が大あくびをかきながら背伸びした。
宮殿自体は一般的な大金持ちの建てる規模だが、3重4重にも囲っている高い外壁は、いかにもラッファージャに敵が多い事を証明している。
しかし、それでいながら立たせる門番は1人だけと、宮殿の主の性格も現れていた。
「まったく、うるさくて眠れやしなかった―――ラッファージャ様が女連れて来た日はたまったもんじゃねー、ふぁ~ぁ」
とはいえラッファージャの女癖の悪さは今に始まったことではない。あの男は、女と遊ぶことにかけてはヘンに真面目だ。
他の事はほとんど使用人にやらせて怠惰に暮らしているくせに、どこかから女を調達してくるという話になると、必ず自分で出向く。
最近では、調達できそうな女がいるかどうかを見張るためだけに、サーナスヴァルの町に人を雇って置いている始末だ。
「……ま、昨日つれてこられたコは可愛かったし、いい身体してたしなぁ。テメェで稼がない金でやりたい放題の上、あんなカワイ子ちゃんと遊ぶとか、まったく羨ましいボンボンだぜ」
この宮殿の中には既に、ラッファージャによって10人ほどの女達がかこわれている。
それぞれどこから手に入れて来たのかは不明だが、女達が宮殿へと入っていく時の態度は、喜ぶ者から暗く沈んだり泣いてたりした者まで様々。
この門をくぐって連れ込まれていった女性達が、一人として再び宮殿の外へと出て行くところを、門番の彼は見たことがない。
その後、ラッファージャに心なびいたか、それともいまだ枕を涙で濡らしながらかは知らないが、連れ込まれた女性達は今も宮殿の中で生活している。
もっとも金持ちにかこわれているのだから、その生活に一切の不便はないだろうが。
「(……昨日のコは、どうも読めなかったな。感情がないっていうか平坦っていうか、浮かれも沈みもない感じだったし……なんていうか自分の状況がわかってない感じで連れてこられたみたいな?)」
それ以外にも門番には気になることがあった。それは昨晩あがっていた声だ。
「(女の声がまったくしなかったんだよなー。ってか、なんかラッファージャの声ばっか響いてて気持ち悪かったし……ハッ!? もしかしてあんな可愛い顔してSな女王様―――)―――止まれ、何者だ」
近づく集団に門番として仕事に入る。
この砂漠の宮殿は、やはりラッファージャが金にもの言わせてこんな町から離れた場所に建てさせたものだ。
周囲に小さな岩山を有していて、南側のそれは昼間に宮殿へと被さる影をつくり、暑さを和らげるよう計算された位置。しかも町や街道の方向から来た者の視界からも、別の岩山が隠してくれている。
一番近い街道まで出るにも3km。下っ端ですら町と行き来するのに砂に車輪がとられないよう、特別製のラクダ車を利用しなければならないような道のりだ。
やって来る者は迷って辿り着いたなんてことは決してない。
「ラッファージャ=ユード=マフマッドル氏に用があります。通しなさい」
集団の中から1人、一番荒事に縁遠そうなドレス姿の女性―――エウロパ圏の
門番は少し困ってしまった。
「(どう見てもただ事じゃないな。ってか後ろで大男に肩掴まれて震えてるのサーナスヴァルの町長じゃねーか。……この感じ、ラッファージャの奴に年貢の納め時ってのが来たんじゃねーの、もしかして?)」
彼の自慢は、理屈ではない何となくで状況を察する能力の高さだ。そのおかげでこれまで危なげなく生きてこれたし、ひもじい思いをすることなく、ほどほどに実の入りある生活を送ってこれた。
その彼の " 何となく推察 ” が告げている。ここは選択を誤まる事ができないと。
「(ラッファージャが昨晩お楽しみだったなら、今頃はまだ夢ン中だろーな……こいつら通しゃ、簡単にとっ捕まるに違いない。けど中には私兵がゴロゴロしている……サーナスヴァルの裏の連中も何人か確かいたはず。ここでドンパチされちまうと、どう転んだとしても、俺もただじゃ済まないな)」
ここで自分だけ逃げても身元が抑えられているので、暗がりの世界に追われる事になるのは確実だった。四六時中背中を気にしながら生きるハメになるのはゴメンだ。
なので彼の立場としては、ラッファージャを売り飛ばすのは構わないが、路地裏に潜む連中から目をつけられることなく、かつ
「なあ、あんた達が何者かは知らないが、悪いがここは引き返してくれないか? 悪さしたラッファージャの野郎をとっちめに来たのは分かるし、それについて協力もしたいくれぇだ。だが何せいきなり来られたもんで急にどうこうは難しい……宮殿の中には護衛に雇われてる私兵連中は勿論、
パッと見、集団は目の前の品のいい女を中心に男女混ざって大小さまざま。だが、そのほとんどが戦闘寄りな恰好をしている。
場合によっては強引に押し入る気でいたのは明らかだ。彼らはそれでよくとも、門番はそれをされるとすごく困る。
「俺の名はジャッカル。まぁ偽名だが、本当の名ってもんは持ち合わせちゃいない身の上なもんでね、そこは許してくれ。俺が知ってる情報をすべて教えるからそれを聞いた上で、手数だが準備しなおしてきな。もっとスマートにコト運んでもらわなきゃ、あんな男でも何かと影響がデカいんでね、頼むよ」
すると女は少し考える。隣にいた中年の傭兵っぽい男に視線で相談し、無言の頷きを得てから、改めて向き直る。
「分かりました。ではジャッカルさん、
門番―――ジャッカルは、とりあえず助かったと一息つく。
だがこうなるとラッファージャを売ること確定なので、話は真剣に行わなければいけない。
万が一にも自分にとって困る展開だけは避けたい彼は、安堵したのもつかの間。
表向きは不躾な訪問者を説得して追い返すように装いながら、目の前の女―――ルイファーンと綿密なラッファージャ捕縛の打ち合わせを行うことになった。
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