第152話 お仕事.その13 ― 砂を飲む怪獣 ―




 マサウラームを出発して2日目。


 サーナスヴァルの町へと向かう途上、リュッグは請け負った依頼をこなすため、街道から1kmほど脇にそれた。




「砂漠が延々と続いているように見えますが……こちらに一体何が?」

「リーファさん、あまり身を乗り出さないでください。砂が爆ぜますので」

 そう言われたルイファーンは、顔を出していた荷台から幌の内側に隠れるよう、1歩内側へとさがる。

 だが好奇心の視線は隙間からしっかりと外を覗き続けていた。


「ゴウさん、その位置はマズイ。もう3歩西へ移動してください」

「ふむ、……この辺りか?」

「ええ、そこで大丈夫です。シャルーア、その棒を引きずってゆっくりと北に歩いてくれ。ただし何か音が鳴ったら思いっきり走るんだ、いいな」

「はい、音が鳴れば走るのですね、わかりました」

「ムー、ナー、コイツはいける・・・か?」

「もっちろん。アイアオネに常駐する前はよく狩ってたから、ドーンと任せてよ!」

「問題なし……一撃、必殺」

 全員の準備が整ったのを確認すると、よしと頷くリュッグ。今回はあくまで傭兵としてギルドで請けた依頼だ。

 なのでルイファーンの護衛私兵4人は馬車を守りつつ、いざという時の予備戦力として待機していた。



「よし。シャルーア、移動を開始してくれ」

「はいっ、ではまいります」

 シャルーアが馬車から離れていくように1歩ずつ歩いていく。


 ザリザリザリ……


 リュッグに持たされた木の棒が、砂の上で引きずられる音だけがこだましている。全員無言だ。

 ムーとナーが銃を構えて待機していることから、何かをおびき出して仕留めるという流れは理解できるものの、ルイファーン達はまだ具体的な理解に及ばず、何が起こるのかドキドキワクワクしながら眺める。



 ザリザリザリザリザリ……


 シャルーアが歩き出してからおよそ20数歩。時間にして1分強と、言われた通りゆっくりのペース。距離は4~5m歩いたかどうかというところ。


 その時、リュッグ達が囲うように立っていた、その真ん中の地面が、ぐもぐもと波打つように動き始めた。


「! 地面がうごめいて!?」

「シッ、お静かに……。……くるっ、伏せて!」

 ルイファーンと私兵らは言われた通りにその場で伏せた。瞬間―――



  ドッバァアッン!!!



 砂漠の中から巨大な何かが飛び出した。その大きな音を聞いたシャルーアが、一気に走り出す。


 ザザザザザザザザッ!!


 棒が地面を擦る音が変化し、飛び出した何かはそのまま慌てるように地面の上へと這い出してきた。そして囲んでいるリュッグやゴウ、ムーとナーの存在などまるで見えていないかのように無視して、シャルーアを追いかけ始める。


「よしっ、ゴウさん今だ!!」

「おうっ!! ぬぅんりゃああ!!」

 人の頭より一回りは大きい、複数の石を縄で編んでボール状にしたモノが、アンダースローで放り投げられ、地面を転がるかのような低い軌道で砂から飛び出した謎の生物めがけて飛んでいく。


 バッカァアッン!!


『!??!?』

 ぶつかって砕けた石球はバラバラになって飛び散り、砂の上にそれぞれ落ちる。

 どうやら何かが自分に当たった衝撃とあちこちで鳴る無数の音に、謎の生物は驚き戸惑っているらしく、追いかけていたシャルーアを見失ったとばかりに立ち止まってあちこちキョロキョロしはじめた。


「おっけー……ナー、左」

「りょーかーい! お姉ちゃんは右ねー」

 2つの銃の照準がそれぞれの狙いを定めた。そして―――


 ズドンッ!!


 ズダァンッ!


『!!!! ―――……』

 両方の耳穴から出血した謎の生物は、断末魔をあげることもなく、その巨体を地面の上へと倒した。




  ・


  ・


  ・


「いつ見ても大きいな、 “ 砂飲み ” ルァシュラムロンは」




――――――ルァシュラムロン。


 クジラのように大きくでっぷりとした体躯を持つ巨大な怪獣。その巨体に似合わず、砂漠の中に潜んでおり、滅多なことでは遭遇しない。

 その特徴と巨体さから大昔には 砂漠の主 などとも呼ばれていたが、見た目に反してさほど強くない妖異として、今はさほどのモノとは見なされていない。


 発見がとにかく困難。聴力が異常に発達しており、音によって地表の獲物を聞き分けたり、警戒したりしている。


 なので討伐の際には音の静動を上手く利用しておびき出す必要がある。


 耳の奥に急所である2つの核があり、片方だけダメージを与えても倒せない。同時に攻撃する必要はないが、片方を失うと途端に暴れ出すため、仕留めるためには、なるべく短い時間で両方の核を破壊できる攻撃が推奨される。


 なお砂漠の中を移動する際、砂を飲みながら移動していることから “ 砂飲み ”とも呼ばれている。




「―――放っておくと、当然人間も喰いますからね。見つけるのが面倒な類ですが、準備が揃っていて見つけさえすれば、見た目ほど脅威的なヨゥイじゃありません」

「そうなのですね……このように大きな生き物はわたくし、初めて見ましたわ」

 リュッグの説明に、ルイファーンはとても興味深そうに聞き入った。


「おおーい、リュッグ殿。こいつはどこから解体を始めればよいのだー?」

 ゴウの呼びかけにルイファーンが首をひねる。


「解体?」

「ええ、この大きさですからね。色々と採れる素材は多いんです。―――ゴウさん、今そっちにいきますから少し待っていてください! ……シャルーア、道具は揃ったか?」

「はい、こちらの4本で合っていますか?」

 馬車の荷台に積んであった道具箱からそれぞれ異なる形状の道具が取り出され、シャルーアの両腕でその柄が抱かれている。



 リュッグは道具の状態を確かめてヨシと頷くと解体作業のため、シャルーアと共にゴウのところまで走っていった。




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