第144話 お帰りあそばせる馬車の旅
翌朝。それは突然のことだった。
『みなさん、(マサウラームの)宮殿に帰りますわよ』
ルイファーンが、私兵や侍従たちを前にしていきなりそう言い放ったのだ。
一体何の心変わりか? あまりに唐突過ぎて長年ルイファーンに仕えていた者ですら目を丸くしていた。
「……シャルーア、昨日何かあったのか??」
昨晩ようやく解放されたリュッグ。その代わりと言わんばかりにシャワーから上がったルイファーンは、シャルーアを傍に所望し、夜のベッドの中まで共をさせた。
その時、何かあったのだと考えるのも当然だった。
「いえ、特には……。眠りにつくまで雑談をかわしていただけでしたので」
「シャルーアちゃんが知らないうちに、何かあのお嬢様の心に響くこと言っちゃったとかじゃない?」
「ありえる…シャルーア、素直。自覚なしで…重いこと、語った可能性……大」
確かにムーとナーの言う通り、シャルーアは普段平然としていて、喜怒哀楽に乏しい分、特に苦もなく普通に生きてるように見える。
だがその過去は重く、現在の境遇にしても第三者視点で見れば、傭兵という根無し草の助手というのは不幸なものに見えたとしても不思議ではない。
初めて会った女子同士が同じ時間と場所を共にした場合、話題としてそうした部分に触れた可能性は高い。
シャルーア自身はあっけらかんと答えた自身の辛い過去に、ルイファーンが感じ入った……その流れは大いに考えられた。
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結論から言えば、それは正しかった。
シャルーアの身の上を聞いたルイファーンが、いかに自分が恵まれているかを感じたらしく、何故か今朝から、ルイファーンのシャルーアへの対し方が丁寧になっていた。
そこには一種の敬意のようなものさえ感じられる。
だがあくまでもきっかけに過ぎず、それでルイファーンの精神が一皮むけ、リュッグを諦めてくれる―――ということにはどうやらならなかったらしい。
「あの、操馬しにくいのですが……それによろしいんですか? こちらはあまり良い馬車ではないので、乗り心地は悪いですよ」
別で立派な馬車があるというのにその客車は空っぽ。
主たるルイファーンは、リュッグ達の安馬車の御者席に搭乗し、今回手綱を取るリュッグの片腕にしっかりと抱き着くようにして同乗していた。
「リュッグ、ラブラブ」
「ヒューヒュー、アチアチだねー、お二人さーん」
「ウフフ、ありがとうございます。お似合いでしょう
馬車の荷台からムーとナーが茶々を入れ、ルイファーンもそれにノる。
他の同性に、所かまわず嫉妬して煙たがるような事がなかったのはいいが、近くの同性と仲良くして、自分の味方に引き入れる形になってるのにリュッグは困る。
「あ、あー……ええっと、向こうの馬車はその、シャルーアに任せてよかったんですか?」
今回、シャルーアはルイファーンの馬車の操馬を任された。
安い馬車と違って、いかにも血統の良さそうな馬3頭立ての豪華な客車付きは、また操り方の感覚が違うはずだ。
何より高位者が乗る馬車は、それだけで意味ある物になる。
特に家のエンブレム入りとか旗立てした馬車などは格式があるので、通常は操れるかどうか以前に、どこの馬の骨とも分からないような傭兵助手に任せるなど、あってはならない。
しかしルイファーンは、ニッコリ微笑む。
「ご心配には及びませんわ。シャルーア
「(? ……” 様 ” ?)」
何か言い回しに違和感を覚えていると、ルイファーンがより強く密着せんとリュッグの左腕を抱き込む。
服越しながら柔らかい感触が、リュッグの二の腕を包み込んだ。
「あの、危ないんでその……ちょっと離れてくれませんか」
割と冗談抜きで危険だ。
馬は結構デリケートな生き物なので、手綱の取り方を誤まると暴走してしまう。ただでさえ要人の送迎という面倒な仕事で、その要人たる対象を乗せているのだ。
リュッグはせめて、操馬をミスるのだけは避けたかった。
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そのすぐ後方、ルイファーンの馬車。
「大丈夫ですか、シャルーアさん。上手く手綱は取れますか?」
馬車のすぐ隣を歩くゴウが心配そうに声をかける。
だがシャルーアは、かなり余裕の雰囲気で前をしっかりと見据えていた。
「はい、大丈夫です。お馬さん達の
それは何となくの感覚だった。3頭の馬たちから
むしろ馬たちに対して、自分に対して気遣ってくれてるような印象すらシャルーアは覚えていた。
「ですが、私兵の方々は大丈夫でしょうか? ルイファーン様の護衛により人員を割かれた方が良いのでは……??」
前をいくリュッグ達の馬車に10人。そしてこちらにも10人が護衛についている。
さらに数名が先だって、道中の安全確認に走っている。
いくら格式あるといっても所詮は馬車。一番に守るべきはルイファーンであって、それぞれの馬車に半々で私兵たちを配分するのはどうなのか、シャルーアにすら不思議に思えた。
「いえ、これで良いんです。馬車同士の距離が空いてるわけでもありませんし、万が一の全滅などの危険を考慮いたしますと、比較的安全な内はやたら片方に固め過ぎるのも考えものなんですよ。何せ道中の危険が魔物だけとは限りませんので」
手近にいた私兵の一人がそう答えると、ゴウは即座に理解の色を浮かべた。
「なるほど、賊か。確かに豪華な馬車は遠目には目印となる。だが護衛が片方に集中していては、そちらが大事と示しているようなもの」
「おっしゃる通りです。1台だけでしたら逆に集中せざるを得ませんが、複数台での進行であれば、こちらを伺う不埒な輩も狙いを定めにくくなるでしょうからね」
野賊の類にとって、豪華な馬車は金持ちや権力者だという判断の目印になる。
しかし相当な人数で徒党を組んでいない限り、賊徒の戦力には限りがある。しかも護衛付きを襲うとなれば、1台へ狙いを絞らなければ襲撃の成功率は上がらない。
そして護衛が半々でそれぞれに付いてるとなると、その絞り込みに悩むことになる。しかも―――
「今回、金目のモノはすべてサッファーレイで処分しましたからね。現金や処理できない貴重品その他の物品類は、後ほど別でマサウラームへと送られますから、イザという時も、ルイファーン様お一人を守りきることだけを考えられます」
金目のモノはほとんどない。
この中で一番大金を持っているのはリュッグか、少々の装飾品を身に着けているルイファーンだろう。ハッキリいって有力者を敵に回すリスクを背負って仕掛けるには、賊が期待する
それ以外はせいぜい、私兵達の武具をはぎ取れば少しは金になるかも程度。
守るものに財産物品が含まれていない分、私兵達の護衛仕事はシンプルで、気兼ね少なく迎撃に当たれる。
「ま、何事もなく帰り着くのが一番ですね、ハハハ」
護衛の私兵の一人が気楽にのたまった。
だがゴウは気を引き締めた。
そういう事を言ってる時に限って襲われるのが世の常なのだ。
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