第129話 危険なる夕餉の差し入れ




 その日、エッシナの村は宴に盛り上がっていた。




「いやあ、本当に助かった。ありがとう、リュッグ殿」

「いえ、こちらも仕事の都合がありましたので」

 かたく握手を求めてきたのは、このエッシナに駐留しているファルマズィ正規軍の指揮官、レイトラン。

 左後ろにアルマンディンを伴っているところを見ると、今回の件の報告を詳しく聞いた直後なのだろう。


「アルマンディンさんもお疲れ様です。危ない橋に付き合ってもらって―――」

「はっはっはー、なーに、面白かったから! それにああいう戦い方は知らなかったからね、こっちも勉強になったよ」

 軽いが薄くはない。恐れ知らずではあるが、見るべきは見ている。お目付けに選ばれるのも頷ける人物だ。



「そうそう、アルマンディンに聞いたのだが、魔物を誘導するという液体について、詳しく教えてくれないか?」

「(なるほど、本命はそれか)」

 レイトランも好青年が少し年齢を重ねた一軍を預かる士官。まだやや青い感じはするが、上にたつ軍人としての器量もしかと垣間見える。


「それほどのものでもないですよ。これまでの経験から、ヨゥイが好みそうな様々な香り……それと同じ香料を大量に混ぜ合わせて煮詰め、香りを強く煮だしたものを水で溶いただけです。強いていえば、使うまでに臭いが表に洩れないような容器が必要ってことくらいですね、難しいのは」


 生き物には好む匂い、嫌う臭いがある。それは人間も同じだが、野生の生物やヨゥイにも同じことが言える上、嗅覚は彼らの方が断然良い。


 なので匂いを利用して誘因や忌諱を行う方法は、狩人や傭兵などの間でよく用いられていることで、何ら珍しくも特別なこともない。


「(ま、理屈ややり方は人によって違うだろうが……)」

 リュッグの場合、これまでの傭兵経験からヨゥイが嫌っていそうな匂い、好んでいそうな匂いを、曖昧に把握しているだけだ。


 ヨゥイの種類によっても異なるので、一概に全てのヨゥイに効く " 匂い液 ” は作れない。だが今回のように群れていた場合、一部のヨゥイにだけ効けば、その動きに他のヨゥイもつられてくれる可能性は高かった。



「なるほど……そのようなやり方が。興味深い……」


「部下に嗅覚の鋭い方がいるなら、色々作って試してみることをオススメしますよ。そのかたが100m先からでも匂いが分かるくらいの濃度が目安です。だいだいのヨゥイは人間よりも嗅覚が優れていて、人間がその距離で分かる匂いであれば、ヨゥイはおおよそ600~800mほど先からでも嗅ぎつけます」


 ちなみにリュッグの場合、シャルーアが嗅覚に優れていたので “ 匂い液 ” の濃度調整を手伝ってもらい、今回使用したモノを用意した。




「今頃、ケイル王国軍は散々でしょうね。実際、さきほど受け取った物見の報告では、まだ魔物の群れとやり合ってたらしーです」 

 アルマンディンがざまぁみろとケイル領側に視線を向けてののしる。


 魔物は人間のように、頭数の多い少ないでその戦力を測れるものではない。仮に相手の10倍の兵数があったとしても、それでもなお魔物側が上回るケースさえある。


 今もなお戦闘が続いているということは、つまりケイル王国軍と魔物の群れは互角か、魔物側の方が強いということだ。


「(ま、向こうの指揮官が魔物討伐の指揮が下手って可能性もあるが)」




  ・


  ・


  ・


 リュッグが、レイトランのテントを出て見上げると星が瞬いていた。ナーダ達を送り出し、無事に戻って来れた安堵感をようやくかみしめる。


「(もう夜になっていたか。まぁエッシナに戻ってきたのも夕暮れ時だったしな……冷え切る前に戻って、暖を確保する準備をしないと。まぁムー達がいるから大丈夫だと思うが)」

 シャルーア達の待つキャンプへと急ぎ足で戻る。砂漠の地面から感じられる昼間の熱はすでにやわらぎ、ヒヤリとした空気に変わりつつあるのを感じ始め、早歩きの両脚はやがて、走り出した。





「遅くなってすまない。設営は問題なくでき―――……っ!?」

 キャンプに到着と同時にリュッグは絶句し、青ざめる。

 設営は問題なく済んでいるようで、そこはいい。


 だが、視界に真っ先に飛び込んできた空っぽになって転がっている樽。漂う香りから、果実酒の類が入っていたことは明らかなソレを見て、嫌な予感が大音量でリュッグの中で警報を鳴らす。


「あ、リュッグ帰って来たー。おっかえりー、ひっく♪」

 焚火の傍で、ナーがコップ片手にブンブンと自分の愛銃を振り回している。


「……まだ……、いけ……る……ひくっ」

 その対面位置で、ムーが真っ赤な顔で両手で持ったコップの中身をあおっていた。

 隣にはシャルーアもいる。手に持っているコップの中身は……


「あ、リュッグ様、おかえりなさいませ。軍の兵士の方々が、こちらを差し入れにと、持ってきてくださいまして。中身はとても変わった味のジュースでした」

「いやシャルーア、それはジュースじゃな―――」

「ジュースらよぉっ、ひっく! こんくらい酒れもなんれもらいからっ、あは、あはははははーっ♪」

 シャルーアは言いつけを破るような娘ではない。おそらくナーが、これはお酒じゃなくてジュースだからとか言って、シャルーアに飲ませたのだろう。


 果実酒の香りからしてアルコール度数は弱め。確かにジュースと言われれば、ヘンな味のするジュースと信じてしまうかもしれない。


「(いや、まだ間に合う! シャルーアに酔ってる様子はない!)」

 泥酔さえさせなければ大丈夫―――そう思っていた時がリュッグにもあった。


 しかし……


「ゴウさん!?」

 焚火の光が届かない陰で倒れているから気付くのに遅れた。酒に弱いのか、あるいは相当に飲まされたのかは不明だが、完全に酔ってテントの端で目を回している巨漢の姿があった。


「お前達、いったいどれだけ飲ませたんだ!?」

「樽、5個分……たいしたこと、ない……ひくっ」

 ゴウがその内のどれだけを飲んだのかは分からないが、ムーの口ぶりと酔いの感じからして、3人も相当に回ってると見ていい。


 ……ヤバイ。


 リュッグは全力で止めにかかる。

 しかし、がっつり酔いの回ったムー、ナー姉妹の暴走を止めることは叶わず、ドタバタと大騒ぎした末に、逆に強制的に飲まされてしまった。








 そして翌朝。


「おはようございます、リュッグ様。朝のお勤め・・・をご所望でしょうか?」

「………」

 完全なるデジャブ。蘇るトラウマ。

 テントの中で目が覚めたリュッグに、全裸のシャルーアが乗っかっていた。



 (※「第02話 救い手と迎える朝」参照)




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る