第125話 面倒ごとの臭い




 レックスーラ。


 ファルマズィ=ヴァ=ハール王国北西部で、西にコブのように少し突き出た国土の端……国境付近に位置する町。


 実際に国境をまたぐのはその南西のエッシナからとなるが、国家間もしくは国内情勢により頻繁に軍の駐留地となる村のため、旅人が立ち寄るには不足。

 なのでレックスーラが事実上、国境またぎの町として往来の人々と物流の恩恵を享受している。



「―――なもんだから、ジューバほどでないにせよこの町も栄えた商業都市になった、というわけだ」

「人々の往来は大切なのですね、勉強になります」

 馬車を繋ぎ終え、町の入り口に向けて歩きながらリュッグが、レックスーラについてシャルーアに講義する。

 後ろに続くミルス達や横並びのゴウもフムフムと熱心に聞いていた。



「……でも、国境、近い分……もめ事、多い。……注意、必要」

「特にレックスーラはちょっとねー。あんま長居したくない町ーって感じだよね」

 ムーとナーはあまり好ましくないと言わんばかりだ。定期的に周囲に気を配っては、時には背負っている銃に手をかけようとする時まである。


「二人の言う通りだ。レックスーラに限った話じゃないが、国境の町や村はその国の人間だけじゃなく、隣国の人間も多い。ところ変われば何とやら……っと、早速だな」

 町の門をくぐってすぐに、リュッグが大通りの先を指さした。そこでは男4、5人が往来で取っ組み合いをしていた。


「? あれは何をなさっているのですか??」

「見ての通りケンカだ。国が違えば価値観や考え方、習慣、宗教観などなど、多くのものが違ってくる。ほんの些細な一言二言で言い争いが起きるし、ああやって暴力沙汰に発展する事も多いんだ」

「レックスーラは特にだよね。何せ隣がケイルだし」

「ケイル……というのはなんなのでしょうか、ナーさん??」




 ケイル・スァ・イーグ――――――ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の北西に隣接する国家。北西部においてファルマズィとワダンを微妙に寸断するように領土が伸びている。


 王制国家でありながら、代々家臣団の発言力が強く、国の権力は時の権力争いを勝ち抜いた数名の臣下が掌握している。


 周辺の国からは " 勇猛と臆病が同居する国 ” などとも言われ、官から民まですべからく蛮勇か慎重かの両極端に寄っている国民性で、常に国の在り方や行く末について国内で議論が対立している。


 そのため、保守的な人間は国に引きこもり、逆に血の気の多い者は積極的に国境をまたぎたがる。

 なのでケイル王国との国境付近の町や村では、ケイル王国民が絡んだ問題や事件が後を絶たない。

 他国からあまり良い感情を向けられない国であった。



  ・

 

  ・


  ・


「ふー、たまらんな……この町は」

 ミルスがどっかりと宿の椅子に腰かけた。筋肉隆々の豪傑が、全身で疲労感をあらわにする。


「多少は予想していたが、それ以上だったな……ひどいもんだ」

 リュッグも大きく息を吐いた。レックスーラに到着してからというもの、絡んでくる男が絶え間ない。


 確かにリュッグ達は、シャルーアやナーダ、ジャスミン、ムー、ナー、フゥーラ、ラージャと多数の女性を連れている。

 目立つといえば目立つかもしれないが、とにかくナンパ男が絶えない。それも手癖の悪い輩が非常に多かった―――そんな者が大量に闊歩する時点で、端的に言って町の治安は相当に悪い。


「あっちを払えばこちらから、こちらを除ければまたあちらからと、キリがないとはこのこと……ぬぅ~」

 さすがのゴウも、椅子にその巨体を預けた途端に全身を脱力させる。


 何せこの町にいる、そういう・・・・野郎共ときたら抜け目がない。リュッグ達男性陣が、近寄って来たナンパ男を1人追い払っていると、死角から別のナンパ男がシャルーア達に声をかける。


 それならまだいい方だ。面倒なのは声をかけるどころかそのまま女性をかっぱらっていこうと、ほぼ人攫いに等しい真似をする連中が異常に多い。


 傭兵のムー達とナーダ、ジャスミンは自分で対処できる。だがラージャは連れ去られて面白がってしまうし、フゥーラとシャルーアは自力対策不可能。


 そこに目をつけられてしまってからは、ナンパ男達が協力連携までして彼女らをゲットせんとしてくるものだから、最終的にはゴウがシャルーアを、ミルスがフゥーラを、リュッグがラージャを肩の上に抱えあげて町中を宿まで移動する羽目になってしまった。


「おつかれー、うーん私達も担がれてみたかったねー、お姉ちゃん」

「ん。失敗、した……隙だらけ、正解……わざと」

「さすがにそれは勘弁してやりなよ。……にしても随分な町もあったものだね、いつもこんな感じなのかい??」

 ナーダの疑問はもっともだ。ここまでナンパが酷いと女性は表を歩けない。あまりに治安が悪すぎて、これでは町の衰退につながりかねない―――だがリュッグは首を横に振った。


「いや、そんなことはないはずだ……レックスーラに来たのは久しぶりだが、以前はもっと落ち着いた雰囲気だったんだがな」

 ジューバの町に比べるとかなり大人しかった。それがリュッグのこの町に抱いていた印象だ。

 ところが久々に訪れた国境最寄の町は、ワッディ・クィルスもビックリの状態と来ている。


「もしや国境で何かあったのでは? ケイルとの間で戦端が開かれた……という事はさすがにないでしょうが、町がガラリと変貌するほどとなりますと、原因はその辺りにあると考えるのが自然かと」

 ジャスミンの言う通り、この町の状況の原因は国境にあった。



 ある理由からケイルの人間が自国へと帰れなくなり、レックスーラに大量にたむろした結果として、こんな状況となっていた。





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