第63話 隠し隔絶するワケ




 村に変化が生じたのは、リュッグ達が調査に入ってから2時間が経過した頃だった。




「お、おい! 何か変だぞ!?」

 様子を注視していた兵士の声にシャルーア達が集まる。ベースキャンプの留守番組の視界には、薄紫色の線が村全体から天に向かって伸びるように輝いてるサマだった。


「何なのだアレは?? 魔法? いや、しかし……」

 兵士の一人が言葉に詰まる。


 いくら辺鄙へんぴな村といってもそれなりに戸数、そして広さがある。その全体をカバーするというのは、魔法として考えた場合だと規模が大きすぎるのだ。


「見た事がない……だが、一体何者が??」

「それよりもどういった効果を持つかが問題だぞ」

「ああ、中に行ってるハンム隊長たちは大丈夫だろうか?」


 兵士達の不安が伝染してシャルーアも不安が募りはじめたその時―――


「……暗隠の被幕ダーケノン・イッファーオ……?」

 ハッジンがポソリと呟いた言葉が耳に届いた。


「あの現象につきまして何かご存知なのですか、ハッジンさま?」

 すると兵士達もハッジンに視線を向ける。

 当の本人は、思わず呟いた事にしまったと慌てて口を塞ぐが、もう遅い。


「……あー、うん、なんだその……オレが知ってるやつかどうかは分からないぜ?

 ただまぁなんつーか、その……アレだ、どこかで聞いたことある話と一致するんで、もしかしたら~ってだけでだな」

 自信なさげに言うが、それは完全に誤魔化すためだ。何せ彼は完璧に知っていた。以前、あのローブの男―――バラギが、別の村で同じ魔法を行っているところをその目で見ていた事があるのだから。


「それでも構わない、何かご存知であればお教え願おう!」

「どうなのです、ハッジン殿?」

「アレがどういうものか次第では、我々も急ぎ向かわねばなりません!」

 シャルーアならまだしも、鎧を着こんだむさくるしい男達に迫られてはたまらない。ハッジンはわかったからと落ち着くように促した。


「あー、っとだな……、もしオレの知ってるのと同じものだっつーなら、少なくとも中に入ってった連中にヤバい何かってぇ事はないと思う。アレは、中の様子を分からなくしちまう……えーと、肉眼はもちろん、それこそ魔法とかで見ようとしても、何も見えなくしちまうっていう類のモンじゃなかったっけかなーと」

 ハッキリとしたことは述べなかったが、その説明は概ね間違っていない。が、一つだけ彼は、あえて伝えないで隠したこともあった。


 それはあの魔法には、強い認識阻害の効果があることだ。


 以前バラギから聞いた説明によればこの魔法は、かけた時点で領域内にいる者と、そうでない者は互いを認識できなくなる、というもの。


「(つーことは、リュッグやハンムの旦那たちとオレらは、すぐ近くにいたとしてもお互いにゃ分かんねぇってことで……)」

 もっとも、魔法の領域外に出れば問題ないことも知っている。

 なのでいい金をくれるバラギへの義理立てとばかりに、認識阻害の効果についてまで懇切丁寧に語ることもないだろうと、ハッジンはそれ以上は知らないとばかりに口を閉ざした。







 しかし、その効果は現地にいるリュッグ達が体感することになる。


「!? な、なに!?」

「わ!? ちょ、なんだいあんた達?? 急に目の前に現れて??」

 ハンムの目の前に、恰幅の良い中年女性がもう少しで衝突する距離に突如出現。


 周りを見ると、先ほどまで誰一人としていなかったクサ・イルムの村内に、村人と思われる人々が溢れていた。


「これは一体? ……先ほど村が急に輝き出したアレが原因か??」

 リュッグがそうもらしたのを、近くにいた村人が聞き取ったらしく、事情を理解したと言わんばかりに歩き寄ってくる。


「ははぁ、あんた達……オババの魔法に巻き込まれたクチだね? それなら急に出現したのも納得だ。そっちも急に我らが現れて、さぞ驚いたろう」

「ええ、その通りです。誰もいないゆえ、何か事件があったのかと村の中を調査して回っておりましたところで……」

 村人が誰もいなかった理由が判明し、ハンムは安堵して緊張を解く。しかし入れ替わるように、今度は村人の方が暗く険しい表情を浮かべた。


「事件か……いや、あながち間違ってはいないよ、それは。悪いことは言わないから、早いとこ村から出て行った方がええぞ」

 その言葉にリュッグがピンとくる。何故、魔法を使って村人を隠すような事をしていたのか?

 しかもよそから来た者に、村から出ていけと言うのは何故か? 見たところ、問題はなさそうに見える村の様子にも関わらず。


 その答えは……


「まさか、ヨゥイ化・・・・か?!」





――――――ヨゥイ化(魔物化)


 文字通り、人間が妖異と化してしまう怪奇現象。


 理由は様々で、中には自ら進んでそういった事を望む者もいたりするが、大半は望まぬヨゥイ化現象が、まるで病気のように発生し、人々を人ならざる者に変えてしまう。




「その通りだ、もしかして傭兵さんか、ギルドから魔物死骸の後始末の依頼を請けて来てくれた?」

「ああ、請け負ったのは我々ではなく、村の外で待機している他の者だが」

「ならなおさらだ。今回のことは何も見なかった事にして見過ごして・・・・・くれないか?」

 病気や毒物が蔓延はびこっている様子がないのに、外界と隔離するような魔法を使っている理由は2つ。


 1つはヨゥイ化が村の外の、関係ない通りすがった旅人などにまで広がったりしないように。

 もう1つはヨゥイ化した村人を隠すためだ。事情を知らない者によって大事にされ、それこそ討伐などという話にならぬように。


「……質問に答えてもらいたい。そのヨゥイ化した村人に今、危険はないのか?」

 ハンムは国に仕える軍人。見過ごして欲しいと言われてはいそーですかとはいかない。

 だが村人の気持ちを汲んだのだろう、穏便に問う。


「ああ、意識はしっかりしてる。さすがにショックで家に閉じこもっちゃいるが、暴れたり誰かに襲い掛かったりする様子はない……けど」

「治るかどうか分からない、と」

 村人は黙して頷いた。

 周囲でリュッグ達の話に聞き耳を立てていた他の村人達も、哀しそうにうつむいている。



「……どうして、こんな事になっちまったんだか……」

「村一番の働き者があんな目に……こんなヒドイ話はないよ」

「オババは何とかして見せるっつーとったけども……」

 村人達の様子から、事態はかなり深刻なのだとリュッグは感じ取った。


「ハンム殿、これは急を要する話だ」

「ええ、まずそのオババとやら……おそらくあの老婆でしょう。それとその魔物化した村人とやらも確認しましょう」


 人間が妖異になる。それは非常に不気味な現象だ。


 村人達も仲間の事とは言え、病気のようにうつる可能性やうつらずとも別途、発症する可能性などを考えずにはいられず、不安に怯えていた。

 それゆえ、リュッグ達をオババのところに案内するのをためらわなかった。



 誰もが心の中で本当は、助けが差し伸べられる事を待ち望んでいたのだ。







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