第46話 男の生還と男の別れ
――――――ワッディ・クィルスの町、治療院。
「………ぅ、…ん? ……ここ、は……助かった、のか……俺は?」
意識はまだ朦朧としているが、視界には人工建造物の天井が映る。やがて感じる布団や枕の感触と合わせて容易にここが、どこぞの病室だと理解至った。
「ぉお! 気がつかれたかリュッグ殿!」
物事はやはり物語のようにはいかないらしい。
覗き込んできたのは美人な
「やあ、ゴウさんか。……あなたが助けてくれたのか?」
するとマーラ
「う、うむ……あまりにも帰りがおそく、さすがにシャルーア殿が心配なされていたゆえ、街道を見に少々……な。だがそれで発見できたのは幸いであった」
彼は嘘をついた。本当はシャルーアに頼まれて随行しただけで、リュッグを探しに出ると言ったのは他でもない、シャルーア自身だった。
傷つき倒れていたリュッグを町まで運んだのはマーラ
嘘をついたのは他でもない、シャルーアに頼まれたからだ。リュッグに町で待っているようにという申し付けを守らなかったことを黙っていて欲しいとお願されたのだ。
「そうか……シャルーアにも随分心配をかけたようだな……仕事も失敗してしまった、これほどの大失態は随分と久しぶりだ……」
まだ頭が上手く回っていないのだろう。リュッグはどこかボンヤリとした様子で今にも再び眠りにつきそうな眼をしている。
「医者の見立てではかなり血を失っているという。輸血で事なきを得たが、全身の怪我も大小さまざま……しばし絶対安静だそうだ、今はゆるりと眠られよ」
「そのようだ、確かに眠気が強い……すまないゴウさん、もう少し…たの……む…」
スゥッと意識が落ちる。途端に寝息を立て始めたリュッグに、マーラ
・
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「ただいま戻りました。ゴウ様、リュッグ様の御容態はいかがでしょうか?」
リュッグが再び眠りについてから1時間後、病室にシャルーアが入ってくる。その両手には果物など簡単に食せるものや、タオルなどの道具などを入れたカゴを持っていた。
「少々前に意識を取り戻しましたが、やはり失った血の量が多かったのでしょう。またすぐに眠りにつかれた。ですが、もう心配は無用だと思います」
するとシャルーアはカゴを机の上において安堵したように首元を片手で軽く抑えた。
「シャルーア殿の方はどうでしたか、
あの女とは、シャルーアにその美貌を見込んで潜入仕事をさせたこの町を拠点にしている地域守将軍のオキューヌのことだ。
あの大食堂突入の日以来、マーラ
「はい、問題はありません。入院費は別で出していただけるというお話だけでしたので」
シャルーア自身はオキューヌに対して警戒心はない。当然だ、お金の話のみならず、傷ついたリュッグの入院費用まで追加でまたくれるというのだから感謝しかない。
しかしマーラ
自分の正体を掴んでいるらしいところが垣間見える相手。一国の将軍としては早々に距離を置くべき要警戒対象。だが
「(しかし、何だかんだでこの町での滞在が長引いてしまっている。計画の期間はひと月として奏上してあるのでまだ問題ないが……しかし)」
あくまでもこの国には偵察目的での潜入。母国に帰れば当然、その成果を報告しなければならない。
そのための活動は、シャルーア達と行動を共にしたことで遅延。現状までで得られたものは十分とは言えない。
なので滞在予定の限界まで粘ることを考えても、シャルーア達とはそろそろお別れして、上が納得いくだけの成果を持ち帰るために本来の仕事へと戻らなければならない。
「(こんな事ならばひと月と言わずふた月としておけば良かった……ぬぐぐぐ)」
―――2日後。
「ゴウさんには色々と世話になった、本当にありがとう」
リュッグはベッドの上に座りながら、可能な限り上半身を折りたたんで丁寧に礼をする。
それに合わせてシャルーアも、上半身を90度折り曲げてペコリンと深く頭を下げた。
「いや何、知己の困りごとに手を貸すは当然の義……私にも仕事がありますゆえ別れは惜しいですが、また縁あらばいずこかでお会いしましょう、では」
振り返り、病室から出ていくマーラ
後ろ髪引かれる思いながら、そのまま治療院を後にした。
「ゴウさんがいてくれて本当に助かった。まさかこんな事になるとは」
リュッグが治療院に担ぎ込まれてより3度目の輸血。
看護師が手際よくチューブ先の針を腕に挿しているのを見ながら、安堵感いっぱいにつぶやいた。
「色々と助けていただきました。とても感謝しております」
シャルーアとしては、リュッグを探しに行くにあたり、協力してもらった事が特に大きな恩義だ。
非力な彼女一人だけだったなら、リュッグを見つけてもその身体を持ち上げることが出来ず、途方に暮れていただろう。
そもそもシャルーア一人では危険なので、町の外に出かけること自体が
そんな彼女の足りない部分をマーラ
もし彼がいなければ、リュッグもこうして生還していたかどうか分からない。
「次に会う時があったら、ちゃんとした礼をしないとな」
「はい、私もそう思います」
輸血作業をしている看護師には入れない患者の会話。けれどイチイチ気にする必要はなく、ただ自分の仕事に専念する。
こうして気楽に話がなされているという状況は、危険がなくて喜ばしいこと。
リュッグの病室は、3人の穏やかな雰囲気に包まれ、安定して平穏な午後のひと時が訪れていた。
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