第43話 シャルーアの願い



――――――ワッディ・クィルスの治療院。



「検査の結果は完璧に陰性、つまり “ 問題なし " ね~。お薬も要らないわぁ~」

「そう……ですか」

 マハミュンヌ医師はアレ?と首を傾げた。


 普通、シャルーアの立場ならそこは喜ぶか安堵するところ。なのに彼女はとても残念そうに肩を落としていた。




「(あるいはと思っておりましたが、やはり子の出来ないはらなのでしょうか……)」

 いつかのミルスとの一晩からの時間を考えると、もしかしたらそろそろ……と期待もしていた。しかし同時に怖くもあった。


 シャルーアが前々から懸念していた―――自身が子を成せないカラダなのではないかということ。


 かつて愛した男性が自分を捨てた理由。それは子供が出来ないことに失望されたからだと、シャルーアは今でも本気で思っている。


 なので彼女は、相手が誰であれ平然と受け入れる態度を取り続けていた。もし他の異性との間でちゃんとデキるのであれば、そういう身体ではなかったと証明できると、無意識のうちに心のどこかで思っていた。


「……医師せんせい。私は……子供を産めない身体なんでしょうか??」



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 子供が出来なかったから相手の男性に捨てられた―――そう聞かされたマハミュンヌはその性格には珍しい、難しい顔をしていた。


「(世の中、クズって本当にいるものなのねぇ~……)」

 確かに、高位の貴族などは確実な後継者という観点から、伴侶に子を産むことを第一に求める事は珍しい話ではない。

 だが、仮に娶った女性が子を成せないのであれば通常、側室などをかこって子を得る体制を整えたり、妊娠に向けた様々な努力に着手すればいいだけの話であって、相手を捨てるなど本当に愛している女性であればあり得ない話。


 何せ相応の身分であれば十分な金持ちであり、何人も妻を娶ったところで十分やっていけるはずなのだから、それで子を成せない女を捨てるという選択を取る男がいたとしたら、そいつは間違いなくクズと判断できた。



「そぉ~ねぇ~……じゃ、いい機会だからそういう検査も含めて、色々総合的な検査をしてみましょうか~。でもねシャルーアちゃん、その男のことはもう忘れなさいな。シャルーアちゃんがどんなに愛していたって言っても、その男は貴女あなたで楽しむことしか考えていなかった―――ぶっちゃけちゃえば、貴女のことを愛してなんてこれっぽっちもいなかったのよ~」

 言われたシャルーアは激昂するでも悲しむでもなく、いつもはほとんど変わらないその表情に、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべる。


 男がそういう人間であることはどこかで分かっていた、けれど認めなくなかったと言うかのような彼女の心の哀愁が感じられた。



「……そう、哀しいわねぇ。でも大丈夫よ~、世の中いい男なんて他にもっとずっといっぱいいるわ~。シャルーアちゃんなら引く手あまた、だから元気だしてねぇ」


「ありがとうございます、医師せんせい

 それでもシャルーアはこの先も変わることなく、もし求められたならばたとえ見ず知らずの相手だろうとも応じてしまうことだろう。

 それほどに、彼女の心身の根底には子を成すという願望が、もう確固たる焦がれて止まないものとして、こびり付いて取れなくなってしまっているのだから。









 そして、元凶たる男は今―――


「いやぁんっ、どこ触ってるんですかぁ、もうエッチぃ~」

「はははっ、いいじゃあないか。可愛がってやるぞう~ほれ、ほれぇっ」

 昼間から店を貸し切り状態にして若い女性店員達をはべらせ、好き放題していた。


「……相変わらずのようだな」

 ローブの男は以前からまったく何も変わっていない彼に、呆れを通り越して感心する。

 ここまで堕落した生活を堂々と続けられる愚かな男はそうはいない。


「そちらこそ久しぶりだが相変わらずのようで。たまにはハメを外したらどうだい、そんな真面目くさった顔ばかりしてると人生つまらないだろうに」

「フッ、人生・・か。なるほど、短い生を生きる以上、面白おかしい享楽の日々こそ求むるというわけだ、お前は?」

 それもまた一興であり、真理なのかもしれないとローブの男は笑う。もちろん本気ではない。

 目の前の男の愚かさ加減には辟易へきえきとするが、それも男なりの人生の矜持であり選択であると考えれば、多少の尊重は出来ようという、彼なりの愚者を理解せんとする努力であった。


「だが、あまりにハメを外しすぎていても良くないのではないか? 遊び惚けた末に今の地位が足元から崩れ失う事になろうとも、次は・・助けはせぬぞ?」

 そう、ローブの男はかつて彼を助けた。

 男がこうして今のような金と女遊びにまみれていられるのは、他ならぬ彼のおかげだ。

 もしも彼に出会っていなければ、貧乏貴族でこれといった才幹も持たず、努力もやる気もないこの男は人生の落伍者として今頃、野垂れ死んでいたかもしれない。


「ハハハ、問題ないさ。これだけの金があれば、もう誰の助けもなくやっていけるからね。加えて後ろ盾は大きいときてる、恐れるモノはなしさ。ハッハッハ!」

 有頂天とはよく言ったもの。


 振り返れば人の歴史に、頂点から転げ落ちた人物の話など数知れず存在しているというのに地位や権力、あるいは莫大な財産を得ることで人間は、そうした先人の失敗の事実を失念し、学ぶことすら忘れるというのか。



「(……いや、この男が途方もなく愚か過ぎる個体というだけの事か、特異な例だ)」 

 そして、それでよい。


 ローブの男の思惑上、そうであってもらう方が良い。下手にさかしいと扱い辛いものだが、ここまで徹底して愚かな者であればとても都合が良かった。


 利用する、という意味においては。


「今回、会いに来たのは他でもない。色々と計らってやった恩を幾ばくか返してもらいたい。といっても金をせびりにきたという意味ではない。ちょっとした・・・・・・頼みを聞いてもらいたくてな」

 酒と女に酔いしれて上機嫌な愚者は、まるで考えることもせずに快諾する。本当にどこまでも愚かさの底が知れない男だとその口は、黒い焦げ茶色のローブの下、ほくそ笑まずにはいられなかった。





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