第39話 残された二人
リュッグが仕事で町を出てから1週間が経とうとしていた。
「はい、確かめましたところ、お仕事が完了したとのご報告は、どの支部でも確認されておりませんでした」
ワッディ・クィルスのギルド駐在員は、淡々としながらも気遣うように心配をその声色に含める。
むしろ問い合わせたシャルーアの方が淡泊な表情と態度のままだった。
「そうですか、ありがとうございました」
ペコリと丁寧にお辞儀され、駐在員の方が何だか調子が狂う。むしろ心配だ、何かあったのかといっそ感情あらわに問い詰めてくれた方が楽かもしれないとさえ思うほどだが、シャルーアはそんな事は一切せず簡単に背中を見せ、ギルドを後にした。
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「あ、妖精の―――ごほんっ、シャルーア殿、いかがでしたか?」
マーラ
「はい、リュッグ様がご依頼を完遂なされている気配はありませんでした。道中にて何か、問題が生じた可能性が高まったかと思われます」
「そ、そうですか……それは心配ですね」
言いながら、待っている時にリュッグが帰らぬ人になっていればと、悪魔のささやきが脳裏を掠めたことを恥じる。
シャルーアはいつもと変わらな表情や態度だ。しかし、マーラ
素人目には分からない、他人のちょっとした変化や機微には相応に敏感で、いつもと同じように見えてもやはり彼女が多少なりとも動揺しているのが分かる。
「お気遣いありがとうございます、ゴウ様」
そして一切の邪気もなく、真摯かつ丁寧に自分に頭を下げてくる彼女の姿がまぶしくて、マーラ
「い、いえ…そんな、連れの安否が不安なのは当然でしょうから、頭をお上げください」
良心の呵責だけではない。武人の誇りが異性への性欲と独占欲という悪魔を抑えだす。
惚れ慕う女性の、連れ立っていた男への嫉妬心や排除できればという邪な考えを、僅かなりとも抱いてしまった自分の愚かさが猛烈に恥ずかしくなってきた。
「そ、それよりもですね……これからどうなされるのですか? まさかお一人でリュッグ殿をお探しに行かれるとか?」
マーラ
これはチャンスだとささやく悪魔がしつこく食い下がってくるのだ。それを抑えるためにも、もしシャルーアがリュッグを探しに行くというのであれば、人助けの精神を悪魔を抑える善の心の助っ人に加え、手伝おうと申し出るつもりだった。
しかしシャルーアは彼の問いかけに、あっさりと首を横に振って返した。
「いいえ、こういう時は “
すでに怪我も癒えた。
しかし治療代や入院費の支払いはまだだ。シャルーアが町からでる事はそもそも叶わない。
そもそも今回の治療と入院の代金による出費の穴埋めのため、リュッグは一人で仕事に出た。所持金に不安があったわけではないが、なるべくシャルーアに負担をかけないよう気遣ってくれていることを、彼女自身理解している。
なのでそんなリュッグからの教えを守ることこそ、彼に対する正しい礼儀だと、彼女は思っていた。
「そ、そうですか……。ではしばらくはこの町にご滞在を?」
「はい。下手に他の町などに移動して、行き違いになってはいけませんし……」
ただでさえ事情を理解して治療院は支払いを待つと言ってくれている以上、リュッグを探しに出かけるという選択肢はそもそも選べない。
なのでリュッグが帰ってくるまでの間をしのぐため、彼女は彼女で今後のことを考えていた。
何やらガサゴソと紙を取り出し、広げて見せる。
「その間は、このお仕事をしてみようと思っています」
それはギルドの壁に貼ってあった仕事の依頼が書かれている用紙。ややくたびれた、質の悪い紙にはあまり綺麗でない字体で依頼文が書かれている。
マーラ
「……アンティジャンナジ……大……食堂…?」
―― 依頼人:大食堂「
―― 依頼内容:当大食堂にて給仕、その他の仕事をこなしながらの警備・警戒
―― 募集条件:20歳未満の女性
―― 報酬金額:
―― 依頼要項:営業時間中、フルタイムで従事してもらう。
仕事中はこちらの指示に従ってもらう。
内容としては、完全にアルバイト募集だ。しかし文面がどことなく上から目線で猛々しいものを感じ、マーラ
「リュッグ様がいらっしゃらない今、私は私に出来ることを行おうと思います。もしかしますと、私のようにお怪我をなされて戻ってくる可能性もありますし」
どのみち財布はリュッグが握っている以上、お金を稼がなければ日々の食費も宿泊費もままならない。現に治療院を退院した今、宿を取るにも彼女の手元は金が一切ない。
シャルーアは結局、どうにかしてお金を稼がなくてはならないのだ。
しかし傭兵としてはド素人。普通に生活することでさえままならぬ世間知らずな彼女は、当然ながら自分一人で働くという行為自体が初めての経験になる。
内心では少しドキドキしてながら、人生の初体験に挑まんとしていた。
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