第07話 ひと時は湖畔の食事処で


―――――オアシスの集落、サッファーレイ。


「……いいか、シャルーア。仕事を手伝おうとしてくれるのは嬉しい。だが、次からはもっと慎重に、俺の言葉を待って1拍おいてから行動に移してくれ。あ、危険が迫っている時は別だぞ? 言葉を待ってたら死ぬからな、すぐ逃げるんだ。いいな?」

「はい、かしこまりました」

 結局、スナドロは全てリュッグ一人で退治。終わるまでの間、シャルーアは泥水まみれのまま、微動だにせずに待機していた。


 説明においてリュッグが “ 叩き潰すだけの簡単な仕事 ” などと口走ってしまったばかりに、素直なシャルーアはまさにその言葉通りに行動したのだ。


 リュッグが仕留めて見せたのを見た直後、自発的に剣を振るったのは、少しでも彼の助力にならんと考えていたからだろう。

 言われるのを待たずに自ら挑戦しようとする意志と行動力。それはそれで優秀だと言えるが彼女の場合、あまりにも様々な前提・・が不足している。戦闘に関する事のみに留まらず、様々な基礎基本というものがシャルーアの中でキチンと形成されていないのだ。


「(やれやれ、今後は言葉を選ばなきゃならんな)」

 こと物を教えるという点では幼児を相手にするくらい慎重でなくてはならないと認識をあらためると、彼はボロいテーブルに向けてため息一つ落とした。






 広いテントの中。


 小さめで灰色に近いボロ木の四角いテーブルと椅子2つ――――それが合わせて5セット設置されており、それでもう余剰空間はほぼない。

 この集落ではこうした大き目のテントがいくつか立ち並び、建物がわりとなっている。

 オアシスの傍だけに建物の建設や解体などで水を汚してしまわないための決まりだ。


 リュッグとシャルーアは、そんな薄暗いテント飲食店の1つで一息つきながら今回の仕事の反省会を行っていた。



「…ま、数が多かった分、報酬も増額してもらえた。今日のところは美味しいものを食べて今後の英気を養うとしよう」

 ちょうど店員が皿を持ってくる様子を視界の端に捉えたリュッグが、仕事の話はおしまいだと雰囲気を変える。

 直後、シャルーアも後ろから漂ってきた香りに鼻を数度ヒクつかせた。


「はーい、お待ちどおさま。干し肉と香草の煮込みと紅茶シャーイね。お茶はおかわりが必要だったら声かけて、すぐ持ってくるから」

 上は胸にのみシンプルなチューブトップ横布を巻き、下は簡素な巻きスカートを着用した、シャルーアとはまた違う赤味の強い褐色肌と逆に赤味と艶の一切ない黒髪の女性店員が、テーブルに料理と茶を置いていく。

 自分の目の前に並ぶそれらを見て、シャルーアは ほあー と少しだけ間の抜けたような表情で眺めていた。


「じゃ、ごゆっくりー」

 店員が離れると、リュッグが頂こうかと食事を促しつつ、さっそく煮込みスープに浸っている干し肉を細かく切り分け、その一部を自分とシャルーアの取り皿に分ける。


「……これは、どのようにいただけば良いものなのでしょうか?」

「どのようにもこのようにも……普通にこうやって、ナイフとフォークでだな」

 干し肉保存食をただスープと香草で煮込んだだけの、何という事もないどこにでもありふれた料理。


 しかしシャルーアは初めてらしく、物珍しそうに自分の皿とリュッグの食べ方を交互に見る。そしてスナドロの時同様、リュッグの一連の動作を見終えると、その真似をするように取り皿の上に乗った肉の断片をさらに小さく切り分け、口に運んだ。



「お味はどうだい、御嬢さん?」

 少しばかり皮肉を言葉に織り交ぜながら、リュッグはシャルーアの感想を待つ。すると――――


「美味しい…と、思います? 不思議な食感とお味のお料理です、お肉なのに何かこう、パサッとしていて―――」

「(あー……まぁ、それなりってとこか)」

 不味いというわけではないのだろうが、初めて体験する味や食感といった風のシャルーア。


 その反応から、彼女が生まれ育ったのが相当な良家であったのだろうと推測できる。下手すると保存食なんてものを食すのでさえ、コレが初めてである可能性もあるだろう。


 シャルーアに出会ってから今までの野宿での食事は、主に携帯食としてのナッツ類が多く、それらは上流階級の家々でも食されているモノだったため、シャルーアも馴染みがあった。


 しかし落ち着いてまともな・・・・食事をするのはこれが初めて。


 リュッグ達、根無し草な生業なりわいをしている者からすれば十分に上等な料理でも、贅沢によって舌が育まれたシャルーアには未知のシロモノなのかもしれない。


「(ま、口に合わないっつって突っぱねられるよりかは全然マシだな)」

 実際、シャルーアは不思議そうにしつつも料理に手をつけ続けていた。単純にお腹が空いているからなのかもしれないが、少なくとも今後、彼女の生まれに相応しくないようなレベルのものしか食べさせられなくとも、文句や拒絶はされないだろう。


 リュッグはまた一つ今後の不安を解消できた安堵感と共に、みずからも肉を口に運んだ。


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