第06話 お仕事.その1 ― 砂泥 ―


―――――砂漠。


 といっても砂ばかりの世界ではない。どちらかといえばこの辺りの砂漠は硬い岩の上に薄っすらと砂が堆積たいせきしている、荒野に近いような場所だった。


「荷物に重さを取られないよう、常に少し前傾姿勢を維持して歩くんだ。そうすれば後ろに持っていかれない」

「…はい」

 出会ってから数日、リュッグは確信していた。シャルーアは、絵に描いたお嬢様よりももっと深刻なレベルでお嬢様育ちである事を。


「(親の愛情の深さが透けて見えるようだ。あまりにも…)」

 あまりに世間知らずで、何も知らない。それは己の身の周りの事でさえもだった。


 蝶よ花よと育てられ、食器より重いモノを持ったことがない。


 砂漠の砂や小石一つにも珍しそうな視線を向け、荷物を背負って歩くという行為ですら初めてで、5kgとない荷を今回初めて運ばせてみたが、それですら重心が取れずに後ろにコケる始末。


 おかげでリュッグは仕事・・に向かうのに随分と時間を取られた。普通なら習わなくとも分かる事を、朝から懇切丁寧に彼女に教えていたからだ。




「(こんな事なら、出会った日からもっと色々と話とくべきだったな…)」

 数日を共にしてはいても、出会った時からシャルーアは、こちらが何かを命じない限りはただ邪魔にならないようにと隅っこで待機していようとする。

 助けてもらった恩に加え、拾われた事で自身はリュッグの所有物とでも考えているようなところがある彼女。その実態が、さすがにここまで何もできないお嬢様であるとは思いもしていなかった――――はっきり言ってしまえば、リュッグにとって足手まといでしかない。しかし…


「(思いっきりやらかしちまったからなぁ……面倒みないわけにも…)」

 酒に酔って、などと最悪のケースでやらかした罪。その罪悪感と責任感ゆえに、自分がシャルーアに教えを施さねばならないと彼は軽く両肩を上下させ、気分を変えるべく荷の背負い方を一度整え直した。



「ん? ……よし、ストップだ。仕事の現場に着いたぞ」

 遠目に目標を見つけ、リュッグは後ろのシャルーアに向き直る。


「ここが…お仕事をするところなのですか?」

「ああそうだ。今回の仕事はアレ・・を退治することだ」

 ただっぴろく何もない砂漠のど真ん中。キョロキョロしているシャルーアに、リュッグは親指を立ててソレ・・を指し示す。


 まだ少し先、風で軽く砂ぼこりが立っている向こうに、何やら蠢くものが複数いた。



「アレはスナドロ。スァンダムとも言うが……まぁ、スナドロで定着している。ヨォイ(妖異ようい)の一種だ」

「ヨーイ…、とは何でしょうか??」

 予測通りの質問が帰ってきて、リュッグは少しだけ面倒に思いつつも、説明する。


「虫や動物などの生き物とは明らかに異なる生態や異様な見た目をしていてな、しかもどうやって生きてるのかすら、その仕組みも不明なもの――――まぁモンスターって呼んでも構わないが昔、ああいうのが出始めた頃にやってきた異邦人がそう呼んだって事で、俺らのような傭兵仲間の間じゃあヨォイと呼称している」


「つまり、あのプルンプルンと私の胸のように動いているものは、ヨーイのスナドロというお名前のお方なのですね? 覚えておきます」

「ああ…うん、いろいろとツッコミたいところはあるが、まぁそういう事だ」

 ちょっとズレてはいるものの理解は早い。これで学習能力が致命的だったりしたなら彼は天を仰いでいた事だろう。丁寧に教えればちゃんと理解できる事が分かっただけで安堵感がこみ上げてきた。



「仕事はアレの討伐だ。荷物はここに置いておき、武器だけ持って近づく」

 そう言ってリュッグは自分の荷をその場に下ろし、鉄の棒を取り出す。それを見て、シャルーアも真似をするように背負っていた荷を置き、鞘に収められた一振りの剣のみをその手に持った。


「スナドロは普通に近づいて問題ない。知能はないに等しく、凶暴性もない…ま、ぶっちゃけると、武器で叩き潰していくだけの簡単なお仕事だ。手本を見せる、よく見ているんだ」

「はい、かしこまりました」

 素直でいい娘だ。もし教師であれば、こんな生徒に教えたいだろうなどと考えながら、リュッグはスナドロの1体に近づく。そして鉄の棒を構えて……思いっきり突き出した。


 ドッ……、ドプッ!! ドボドポドポ……


 突き貫かれたスナドロは、鉄の棒との隙間より大量の砂混じりの水を吐き出す。そしてみるみる萎んでいき、やがてただの砂となって地面に混ざり消えた。


「こうだ。とりあえずやってみ―――――」

 鉄の棒を引き抜き、構えを解きながらシャルーアの方を見る。そして、優秀な生徒というのも考え物だと思い知らされる事となった。


 ドバァンッ!! ドバチャァッ!!!


 リュッグが制止する言葉を紡ぎ出そうとした時には、もうシャルーアはスナドロの一匹に向けて鞘に収まったままの剣を思いっきり振りかざしていた。

 フラフラヨロヨロとして耐えられなかった両腕は剣の重量に引っ張られ、彼女の足元のスナドロを思いっきり叩いた。


 そしてシャルーアは全身、派手に飛び散った砂水まみれになった。


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