第78話 悩めるタケ

「・・・ええと、ナポリタンに海老フライ付きで」


「・・・先輩、本当にここの海老フライ好きですよね」


「まあな、喫茶店のわりに旨いのよ。そこらの洋食屋より味は上だぜ?」


「確かに・・・。それで先輩、昨日はどうもありがとうございました。わざわざ妹の稽古に付き合う為に休みを削ってもらって」


「構わないよ。最初は億劫だったけど、行ったら案外楽しめた。斎藤の奴はそうでもなかったみたいだけど」


「そうでしたか、それならよかったです。大体の昨日の流れはさっき聞かせて貰いましたけど、正直意外でした。妹が先輩たちに劇に監修を頼むなんて・・・」


「それは俺たちも思ったさ。でも何か役にたったかなぁ?とりあえず被害者は安部っていう、ちょいポッチャリな女にしといた。食べ放題ツアーに参加するんだったら、それらしい見た目の奴がいいと思ってさ。斎藤は失礼だとか言ってたけど、純子はリアリティーがあっていいんだと。流石本物を体験した人は違いますねってベタ褒めされたよ」


「そうですか・・・」


 ん?タケの奴元気がないな。どうしたんだ?


「・・・どうかしたか?」


「あ、いえ、ちょっと寂しいなと思っただけです」


「寂しい?」


「はい。だって純子は先輩たちのこと凄く信頼しているみたいで。それに引き換え、僕や母は多分全然信頼されてないんだろうなと」


「そんなことはないだろう。今回は純子の求めている人材がたまたま俺たちだったってだけさ。適任かは置いといて」


「それでも、僕らは家族ですよ?そりゃまだまだ家族になって日は浅いです。でも、僕らは妹の本当の名前だって知らないんだ。いつもわけの分からない役になりきって、僕らにちっとも素を見せてくれない。こんな関係が本当に家族と言えるんでしょうか?」


 ムムム・・・。そんなド正論を言われると何も言えないな。そもそも今回は純子の頼みよりも以前に、タケの悩み解決のために動いていたのに。全然話が違う方向に行ってしまったもんな。


 とはいえ、現状今の純子とタケ親子の仲を取り持つのは難しいだろうな。何かきっかけが・・・そう、大きなきっかけが必要だ。それが何なのかはさっぱり分からないけど。


「・・・まあタケよ。今は純子を見守ろう。大体、キャラ変してるのも例の劇の為だろう?その本番があるのは週末らしいから、それが済んだら流石に素の純子を拝めるかもしれないじゃないか」


「それは・・・そうかもしれませんけど」


「だから今は劇が無事に終わる事を願おうぜ。んでさ、ここからはまだ話してないんだけど・・・」


「何ですか?」


「実は明日も純子に呼び出されてしまったんだよ」


「え!?どうしてです?」


「昨日の練習終わりに頼まれたんだ。明日の放課後、是非うちの高校に来てくれって」


「学校まで行くんですか!?」


「ああ、なんでも明日、当日の劇のリハーサルが体育館であるらしい。純子たちだけじゃなく、他のクラスの連中の出し物も通しでやってみて、時間の配分とかのタイムスケジュールを組むらしいんだ」


「ほ、本格的ですね」


「純子曰く、理事長が元々劇団の出身らしくてさ、並々ならぬ文化祭への思いがあるらしい。当日は来賓も招くらしいから下手なものは見せられないってことだろう?流石、私立は違うね」


「そ、それで先輩たちは明日学校へ?」


「ああ、まだ通しで劇を見てないから、最初から見てもらって意見がほしいんだと。正直部外者が入っていいのかと思ったけど、そこは私立の特権らしい」


「な、成る程・・・」


「まあ、そういうわけだタケ。とりあえず、もうしばらくは俺たちに任せてくれよ。悪いようにはしないから」


「・・・ありがとうございます。ですが先輩?」


「あん?」


「何か楽しそうですね?」


「え!?そ、そうかな?本当はこんな面倒なことはゴメンって感じだけど、他ならぬタケのためだからな」


「今は僕のためというより純子のためという気もしますが」


「まあいいじゃないか。結果的にお前のためにもなるんだから・・・」


 ま、本音を言うと、純子のためってのは勿論ある。あんな可愛い人に好印象を与えられるってのは男の格が上がるってもんだ。願わくば・・・何てことは考えちゃいないけど、頭の片隅にあるのは事実だしなぁ。


 それよりも、今一番重要なのは、この歳で高校に入れるってことなんだよ。そんなの特権中の特権だろう?


 純子程ではないにせよ、あの明後日美人レベルの可愛い娘が、きっとゴロゴロしているに違いない。俺は劇の不出来よりもその眼福目当てで行けることが楽しみなんだ。そりゃ二次元専門家ではあるけど、たまには専門外も勉強しとくのは悪いことじゃないからさ。


 ま、無論、そんなことは純子は勿論、タケにだって、あの最後まで行くことに抵抗していた斎藤にだって話せないことなんだけどね・・・。


「・・・お待たせしました。ナポリタン海老フライ付きと、こちらの方はコーヒーですね」


「さ、今は午後の仕事を頑張ろうぜ!腹が減っては戦ができぬってやつだ!」


「僕は胸一杯でコーヒー一杯だけですので・・・」

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