第32話 DJ
ったく、やっとこさ来たぞあいつ。もう昼回ってるじゃねぇか。
うわ~、山田の奴に何言われてんだろうな、こっからでも奴の厳めしい顔がよく見えるぞ。
お、終わったようだな。何かだいぶやつれてるぞ?まあしゃーないか。ちょっくら行ってみるか。
「おす、なんだよ?どっか悪いのか?病院なんか行ったりして」
「ああ・・・いや、俺じゃないよ。今朝急にだったからさ、バタバタして本当疲れた。ほら、前行ったろ?あのおじさん探しに行ったでかい病院、あそこ・・・」
「ああ、あそこね。お前じゃないって、じゃあ誰かの見舞いか何かか?」
「ん~、いやぁ、俺のアパートのお隣さんがさ、今朝車で事故っちゃってさ。俺がバイクで出勤中に、先で車が事故ってるのが見えてさ。駆け付けるとまさかのそのお隣さんだったんだよ。だから救急車呼んだり病院に付き添ったりしてさ、大変だったんだよ。まあ、幸い大した怪我じゃなかったけどね。事故も電柱に突っ込んだ自損だし」
「へぇ~、そりゃ大変だったな」
「ああ、一応仕事終わったらまた見舞いに行かなくちゃいけないし」
「おいおい、何も赤の他人にそこまで親切してやる必要ないんじゃねぇか?いくらお隣さんっていってもよ。朝付き添っただけで十分だろ?大体、家族とかいるんじゃねぇの?」
「そりゃいるだろうけど、あの人、北海道から来てるんだ。両親はそこで牧場をしてるらしいから中々会う機会もないらしい」
「ふ~ん、両親が牧場経営してて一人で上京ね。有りがちなパターンだな」
「は・・・?で、俺が今のアパートに引っ越した時には、既にその人住んでいたんだけど、その人不馴れな引っ越しで戸惑ってる俺に凄い優しくてさ。荷物運ぶの手伝ってくれたり、近くの旨いラーメン屋教えてくれたり、本当よくしてくれたんだよ。だから俺も恩返ししなくちゃなって常々思ってたんだ」
「へぇ~、じゃあ今がその時ってわけか」
「うん、それにちょっと気になることもあるしな・・・」
「なんだよ?どうしたんだ?」
「いや、それが・・・」
「おい!さいとうズ!何サボってる!さっさと仕事しろ!」
なんだぁ!?山田の奴いきなり怒鳴りやがって、そのさいとうズってのいい加減やめろよ!みんなクスクス笑ってんじゃねぇか。
山田の奴、何かとこいつと俺をセットにしやがる。こないだみたいな泥棒退治の英雄としてならその括りは悪くないが、こんな時はただただ恥ずかしいだけだ。
しかも水原さんまでこっちをチラ見してクスクスしているじゃないか。こんな恥さらしはない。
それに斎藤も斎藤だ。大体なんでこいつは仕事が出来ないんだ?出来ないから山田や回りから馬鹿にされる。そして俺も巻き込まれて笑われるんだ。
そりゃ俺だって出来る方じゃないぞ。だけど同じ名前ってだけでいちいちセットにされるのは勘弁してほしい。折角顔はいいんだから、それを活かして有閑マダムの一人や二人落としてこいよ。
ったく、本当ムカつくな。でもこれ以上こいつの側に居るのは危険だ。早く戻って仕事しよ。でもいつか覚えとけよ山田!そして斎藤!
ふぃ~、やっと終わったな。地獄の5連勤の初日。まあ、まだ始まったばかりだが、とりあえずはホッとしたな。まだ仕事は残ってるけど今日はもう終わりだ。さっさと帰って嫁たちに癒してもらわなくちゃな。
「・・・お疲れ」
ん?斎藤か?何だよこいつ、あまりに存在感無さすぎて後ろ通っても全然気がつかなかった。ってか、疲れてんなぁこいつ。今日は半ドンだったくせして何でそんなに疲れんだよ。
「・・・もう帰えんのか?」
「いや、さっき言ったろ?これからまた見舞いさ」
「ああ、だったな・・・」
そう言えばこいつ何か気になることがあるとか言ってたな。さっきはどうでもよかったけど、まあ今は仕事も終わった事だし聞いてみるのも悪くないかな・・・。
「・・・いやぁ、それは・・・。まあ、帰りながら話すか」
「分かった。じゃあ出るぞ」
早くこんな地獄の城から出なくちゃな。って、言ってる側からこいつはとぼとぼ歩きやがって。ったく全く覇気がない奴だ。こんなんでよくもまあ、営業なんてやってられるもんだ。まあやってないのと同じか。ほら、早くそこのエレベーターのボタン押しやがれ。先に動いちまうじゃねぇか。
「・・・おかしいんだよな。あの人が事故るなんて」
ん?なんだ急に?
「どういうことだよ?」
「・・・その人さ、トラックの運転手なんだ。だから日頃から運転に慣れてて、自分でも得意だって言ってたんだよ。そんな人が事故るかな?」
「はぁ?何だよ、気になることってそれか?んなもん、事故るに決まってんじゃん。事故は誰でも平等だよ。例えF-1レーサーであってもな。ほら、来たぞ、乗るぞ」
「平等って・・・。でも、気になることってそれだけじゃないんだよね」
「何だよ?」
「いや、俺さ病室で聞いたんだよ。何が原因だったんですかって。だって、そこって真っ直ぐで広い道路だからさ、普通は事故るなんてあり得ない所なんだよ。そしたらその人、頑なに訳を話さないんだよ。別にさ、ちょっと余所見しててとか例え嘘でもそう言えばそれで済むじゃないか。なのにあれだけ頑なだと何かよっぽどな理由があるんじゃないかと思ってさ」
「ふ~ん、確かに妙な感じがするな。お前の言うとおり、適当な事言ってれば済むのに。うぃ~、やっぱ寒いなぁ外。すっかり夕暮れ時だよ・・・」
「なあ、お前どう思う?」
「えっ?どうってなぁ・・・。あん?」
何でこいつ、駐輪場に行かねぇで外に出ようとしてるんだ?こいつは毎日原付きで通勤しているはず。いつもメットのせいで髪型がペシャンコになるなんてわめいてるが、俺からしたら髪型くらいどんなでも顔がよければいいじゃないかと毎回腹立たしく思っているところだ。
「お前、原付きは?」
「ん?今日はバスだよ。ほら、俺も朝救急車で付き添ってさ、そのまま病室から出勤したから。バイク大丈夫かな。近くの茂みに止めっぱなしなんだけど」
「ああ、そういうことね。なら俺とおんなじバスってことか?」
「そうなるな」
「なんだ、それを早く言えよ。じゃあ、帰ろうぜ、案内するよ」
「案内って、さっき降りてきたんだから停留所の場所知ってるんだけど。それよりこの時間帯って混むのかバス?昼間はガラガラだったけど」
「混むな。ほら、この先ってオフィス街じゃん?そっから乗ってくる奴でごった返してる」
「ああ、あの時、おじさん探しで降りた所な。エリートの巣窟の」
「そうそう、全く迷惑な連中だよ・・・。おっ!あれだな」
「待たなかったなバス。うわ、ほんとだなすごい人だ」
「だろ?俺はこれを毎日やってんだぞ?お前は原付で横をスイ~だろうけどな。ほら、お前から乗れ」
ったく、本当に毎日これだもんな。しんどいにも程があるぞ。
ははっ、こいつ凄い苦しそうだな。汗まで出てきてやがる。にしてもまた暖房がガンガンに効きすぎだな。ん?もしかして・・・、やっぱりこの声!こんちきしょう。
はぁ、まだかな~。って、まだ乗ったばかりだけど。後この糞ルーティンが4日も続くのか、地獄だな。
「次で降りるんだけど・・・」
ん?もう?ああ、あの病院に行くからか。
「そうか、まあ、頑張れよな。って、何をだよってな」
「ああ、いや、出来たらさ、付き合ってくんない?」
「なぬ!?マジで言ってんのか?何で俺が行かなきゃならねぇんだ?」
「そうだけど、ほら、一人よりはさ、二人の方がやり易いっていうか・・・」
「イミフ、第一俺はそいつのこと知らないんだぞ?行ったって浮くだけじゃん」
「そんなことはないさ、お前なら上手く聞き出してくれるんじゃないかと思ってさ」
「何を?」
「だから事故った理由」
「別に聞かなくていいだろ?知ったところで何になるんだよ?」
「そりゃそうだけどさ。俺、あの人に本当世話になったんだ。だから何か悩みごとでもあるのかなって。その悩みを言えないから、事故のことも黙ってるんだよ。だがら俺はその悩みを聞いてあげたいんだ」
「お節介な奴だな。第一悩み聞いたところで何になるんだよ?」
「そりゃそうだけどさ。俺あの人に本当に世話になったんだ。だがら・・・」
「ちょ、待て待て。会話が無限ループしそうだぞ、だから止めよう」
「だからお前が来てくれなきゃ、この事態はずっと無限ループなんだ。な?頼むよ・・・」
おいおい、何マジな目をしてくるんだよ。ったく、勘弁してくれよ。俺は一刻も早く帰って嫁たちに癒してもらわなくちゃいけないんだぞ?
「悪いけど俺・・・」
「おじさん探し、手伝ってやったよな・・・?」
な!?何だ?さっきはあわよくば涙の一つでも浮かべそうな位マジな目をしてたのに、いきなり意地悪い目に変わったぞ。
「うっ・・・」
「ちょっと、付き合ってもらうだけなんだから。なあ?いいよな・・・?」
よもや拒否権などあるはずないよなと言わんばかりじゃねか。
なんて汚い奴だ。おじさんの名を出されたら、俺が断る筈がないと決めつけてやがる。
まあ実際、断れる筈がないんだ。別に義理人情に厚いというタイプじゃないが、流石にあれだけ協力してくれた恩は返さなきゃいけないよな。
あの後確かに一回飲みを奢ってやったが、本来ならこういう場面で返すのが道理なんだろう・・・。
「なあ?」
しつこい奴だ。これは答えるまでエンドレスだぞ。そりゃ返さなきゃいけない恩だけどこの流れで返すのはなぁ~、ちょっと癪だ。だけど・・・。
「分かったよ・・・」
はぁ、こればっかりは詰んだよ。しゃーないよなぁもう・・・。
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