第22話 おじさん失踪事件
その時だった。
突然背後で「こら!!!」という、怒号にも似た声が鳴り響いたのだ。
その瞬間、俺はその声に何だか聞き覚えがあるなと思った。振り返ると、表の通りからエプロンに帽子を身につけた中年の男性が、勢いよくこちらに向かってくるのが見えた。
いったい何事が起きたのか。その男性は体が大きく、その迫力といったらベタではあるが、まるでダンプカーが突っ込んできたみたいだった。
男性はあっという間に俺の前を横切ると、泥棒と対峙した。
俺はその格好をまじまじと見てようやく分かった。
コジャレたエプロンにバンダナ、そしてあの声。間違いない、あの時泥棒だと叫んだコンビ二の店員だったのだ。
「おっ、お前は・・・!」
泥棒は声を震わせ後ずさりした。まさか自分が万引きしたコンビ二の店員がここまで追ってくるとは思わなかったのだろう。無理もない、俺だって目を丸くしているのだから。
「・・・久しぶりだな。何でこんな事をしたんだ?」
えっ?今、何て言った?久しぶり・・・?俺は店員の言葉に耳を疑った。一体どういうことだろう。二人はまさか知り合いなのだろうか。
「べっ、別に、お前にはもう関係ないことだろう」
「そうはいかない。お前が盗んだ弁当はうちの店の商品だ。298円と手ごろなものだが、それでも立派な犯罪だぞ」
「うっ、うるさい!お前には関係ないんだ!!」
全く状況は見えないものの、泥棒は一際大きな声で怒鳴った。
次の瞬間、斉藤に向けていたナイフを店員に向けた泥棒は、躊躇なく店員の方に突進してきた。
やばい!この距離じゃ避けきれない!俺は思わず顔を伏せた。
「馬鹿者!!!!」
うつむく俺の耳に届いた、先の怒号を遥かに凌ぐ怒号。
その声で反射的に顔を上げた俺。
すると店員は、泥棒が突き出したナイフを払いのけ、そのままその腕を取り、力強く自分の肩にかけると、一気に泥棒を持ち上げて投げ飛ばしてしまった。
思い切り地面に叩きつけられる泥棒。所謂、背負い投げというやつだが、まるでドラマのような展開と、あまりにも見事に決まったその技に、思わず俺は「一本!」と叫びたくなってしまったのだった。
泥棒は仰向けに倒れて顔をしかめている。これは相当なダメージだろう。
ふと、倒れた泥棒の側にさっきのナイフが落ちているのが目に入った。俺は咄嗟にそのナイフを手に取り、泥棒が再び手にしないようにした。
一連の一悶着で、俺は何も役に立たなかったが、せめてこれくらいは気を利かせようと思ったのである。
見事泥棒を成敗した中年のコンビニ店員。事が済み、俺は落ち着いてその姿を観察すると、店員は険しい顔をして、肩を震わせながら大きく息を吐いていた。
コジャレた制服のせいで、若者ぶっているように見えるが、やはり歳には勝てないのだろう。しかし本当にお見事。後でサインでも貰おうか・・・。
ふとその時、ある疑問が浮かんできた。この人、どうしてこの場所が分かったのだろう。この泥棒があのコンビニから逃げた時、割りとすぐに追いかけた俺たちでさえ見つけたのは偶然だった。
それなのに後からきたこの人が、こんな入り込んだ場所を特定できる筈がない。まるでこの場所だと初めから知っていたようだ。
「立つんだ沖原」
店員はさっきの怒号とはうって変わって、落ち着き、ゆっくりとした口調で言った。
その言葉で合点がいった。やはり二人は知り合いだったらしい。それならこの場所に来れたのも納得がいく。
この泥棒がここで働いていることを知っていれば、自然と足が向かうはずだからだ。
沖原と呼ばれた泥棒は、店員の言葉には答えず、まだ唸っていた。
やはり相当なダメージだったのだろう。あれだけ見事に投げ飛ばされたのだから、早々立ち上がれるものではないだろう。
「あたたっ・・・」
そうしていると、斉藤が股間を気にしながら先に立ち上がった。情けない醜態ではあるが、落ちたナイフを拾っただけの俺が言える台詞ではない。なので二人の関係を詮索するのはとりあえず置いといて、俺は斉藤に手を貸しすことにした。
「君たち、大丈夫だったかね?」
店員はそう俺たちに言ったのだが、その顔は険しく、目線も俺たちでなく、以前倒れている泥棒に向けられていた。
「えっ、ええ、まあ・・・。ここはヒリヒリするけど・・・」
「二人はさっき店にいた二人でなかったかな?」
そう言ってやっとこちらに向けられた顔は、少し険しさが和らいだようだった。
しかしどうにも格好に慣れない。まあ、こんな薄暗いビルの隙間にコンビニの店員がいることは普通はあり得ない事なので当たり前なのだが、それよりもやはり、こんな凄みのある人がこんなコジャレた服を着ていることの方が違和感があった。
何だか昨日病院で会った、強面の画家に雰囲気が似ている。
全く、ここ最近本当にいろんなおじさんに振り回されるな。ちっとも華がない。これが可愛い女の子探しだったらどんなによかっただろう。
「はい、そうです。泥棒って声を聞いて、二人で捕まえてやろうと思って追いかけたんです」
「そうか、大変結構な事だが、無茶をしてはいけないよ。もう少しで刺されるところだったじゃないか」
「はぁ、身に染みました」
「あの・・・」
「ん?」
俺は二人の関係性という、一番の疑問を店員にぶつけてみた。すると店員は再び険しい顔つきに戻り、泥棒の方に視線を移した。
「・・・この男はね、私の元部下なんだ。私は今年の春までこの会社で働いていた・・・」
店員はそう言いながら、左右にそびえるビルのうち、さっき泥棒がガチャガチャしていた、外階段の扉がある方のビルを見上げた。
「ここで働いていたんですか!?」
「ああ、そうさ。定年退職してまだ日は浅いのに、なんだかもう懐かしく感じるものなんだな」
「はぁ・・・」
「この会社に勤めて44年。毎日この会社の発展に心血を注いだものだよ・・・」
そう語る店員の目は細くなり、あっ、これは今、昔を懐かしんでいるなという顔になった。
確かにそれだけ働けば感慨に耽るのも無理はないだろう。あんな会社でも定年までいればそう思えるのだろうかと俺は一瞬考えたが、そんなの冗談じゃないと、すぐさま頭の中で訂正をいれた。
「・・・それなのに、この男は定年間近だった俺を随分悩ませてくれたよ。営業をしていたのだが、口下手でろくに仕事はとってこれないわ、周りの仲間ともちっともコミュニケーションはとれないわで、本当に使えない部下だったよ。当然、社内では浮いた存在。私もいつ彼の肩を叩こうかを日々考えていたものだ」
淡々と語る店員。俺はその話を横で聞きながら、耳が痛い気分になった。まるで自分に言われているようである。再びシンパシーを感じる俺。この泥棒がまるっきり自分そのものに見えた。使えないと揶揄され、孤立している日々・・・。
俺は倒れている泥棒を見つめた。そして思った。もしかしたらこの泥棒、日頃のストレスを晴らすためにこんな事をしでかしたのではないだろうかと。一流企業ともあれば、そのストレスも一流に違いない。って、一流のストレスって何だよって感じだが、それだけ日頃きつい思いをしているに違いないのだ。俺だって一流ではないがストレスは半端じゃない。ひょっとすると俺も魔が差して、ということも十分考えられるのだ。
つい泥棒に同情の念を抱いてしまった。すると当の泥棒がようやく目を開きふらふらと立ち上がった。仲間意識は何処へやらと、俺は無意識に後ずさりをした。
「痛かったか?少しは反省しただろう」
そう話す店員の言葉には威厳が感じられた。正体を知って尚更、迫力が増したような気がする。やはりいくら定年とはいえ、そう簡単にそういったものは失わないのだろう。
「・・・まさか、あんな所で働いているなんて」
泥棒は立ち上がりはしたものの、やはりまだダメージは残っているらしく、身体を庇いながら弱々しく話した。
「定年を迎えたとはいえ、まだ身体はすこぶる健康だからな。家にいても老け込むだけだ。そこであのコンビニで働くことにしたのだ。私はこの会社に並々ならぬ愛着がある。だから少しでもこの会社の近くで働きたいと思ったんだ」
「何だよそれ、理解不能だっての・・・」
「それに何より、皆の事が気になってな。確かにこの会社は私が心血を注いだ場所だ。しかし、私一人が気を吐いていたわけではない。仲間がいたからこそなのだ。上も下も関係ない。社員一丸となって頑張ったからこそ、今の会社があるのだ。だから私無き後の皆の様子が気になってな。あそこで働いていれば、きっと皆が買い物に来てくれる。そうしたら、あれこれ話が聞けると思ったのだよ」
何とも部下思いの素晴らしい上司だ。俺は人知れず感動していた。全く、誰かさんにも聞かせてやりたいものだ。
「ああ、そうですか。未だに部長気取りってわけね。全く、いい迷惑だよ。まあ、元々俺には関係ない話だけどね」
ふてぶてしく吐き捨てる泥棒。いくら元とはいえ、上司相手にこの口の聞き方ができるとは大した泥棒である。
「どうしてそう思う?」
「はぁ?さっき自分でも言ってたじゃないかよ。俺は使えない奴だって。だから俺には関係ないの」
「ふっ、しっかり聞いていたようだな」
「うるせえんだよ!もう、お前には関係ないんだ。口出しすんなよ!」
「関係ない・・・。確かに事実だ。しかし、元部長としてのアドバイスを言う権利は欲しいな。お前もそのうちの一人なのだから・・・」
「俺が?なに言ってんだよ。俺みたいな奴はクビなんだろう?何を今更・・・」
「確かに、お前はあのままだったらクビだったろう。しかし忘れたか?お前が初めて営業を成功させた時のことを・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます