第40話 計られた

「もーとっ。よーく顔を、見せてっ」


 下の階段に落ちたコンクリートの小さなかけらも転がるのをやめて止まった時に、黒ルナが上の階から下の階段に飛び降りて、笛で演奏していたものと同じメロディーで歌った。そしてそれぞれが動き出す――。


 ルナが7階の廊下へ走り出したのでナオキもその方向へ8階から来た恐怖から逃げる為に走った。

 黒ルナはここに来て初めて走って追ってきた。その後ろからは武器になる金属の棒を持ったクロビト達。普通の人間と同じように走ってきている。


「あはははっ」


 後ろから幼い少女のように笑う黒ルナの声がして後ろを見ると、黒ルナはもう既に手が届く距離に近づいていた。

 飛びかかってくる黒ルナ。ナオキは一撃もらうのを覚悟した。けれど、黒ルナはそのまま横を通り過ぎて少し前を走るルナを捉えた。


「きゃっ」


 短い悲鳴をあげたルナを黒ルナは押し倒して、そのままコンクリートの床に潜るように下に連れ去った。


「おい」


 ナオキが不安と恐怖を投げつけるように二人が消えていった先へ言ってみたが何も変わらない。言葉だけじゃどうしようもないのは分かっていた。

 どうする……とりあえず止まっていてはクロビトに追いつかれてしまう……


「私は大丈夫!先に行って!」


 走り去った床から微かにルナが強く叫ぶ声が届いた。


「本当に!?」


 下に向かってナオキも叫んでみる。しかし、返事はなかった。走りながらだったので下の階まで響くような声は出せなかったので届いたかすら怪しい。


 何がなんだが分からない。今何が起こった。どう……どうするのが正解だ。あいつらが持ってる金属の棒で古い階段を破壊していたのが見えた――それを黒いルナが指示したのか?ルナはどこに連れ去られた?まだ上へ行く道はあるのか?


 突然な出来事が連続しているので頭の整理がつかなかった。さらには今走っている七階で他にも集団で走っているような音が聞こえる。階段を壊していた音は上からだけでなく施設全体から聞こえていた気がする。気のせいかもしれないがナオキは嫌なほうに推測していた。


 そんな理由もあって逃げる方向すら決められない。懐中電灯を持った左手だけを大きく振り、乱れる光と共に走った。曲がり角に辿り着けば、四階と五階と同じくらいに荒れている廊下を何となく走りやすそうなほうを瞬時に選んだ。


 いっそもう一つの集団にぶつかりに行ってみるか。先に行ってと言われてもどこに行けばゴールに辿り着けるか分からないし、やはり下に降りてルナを助けに行ったほうが良いか……壊れた階段でもどうにか残った足場で登れるかもしれないし。けど、もうちゃんと戻れる自信もないし、どうクロビトを撒く?


 希望の光が見つからないまま、ただ長い廊下を走った。いったいこの施設はどれくらい広いのだろう。行き止まりが無いのは運がいいだけではないことを祈りながら。


 金色の髪……そして服は……白……


「ルナ!」


 廊下の奥からルナが姿を見せた。十字路になった廊下の真ん中で肩をすぼめて祈るように胸の前で手を絡めている。


「大丈夫?ほら、クロビトが来てる。走れる?」


 落ち着いた状況なら、抱きしめてどんなことがあったか聞いてあげてみたいものだが、そうは言ってられない。


「大丈夫……こっちよ……」


 クロビトが追いついてこないか確認していたら、ルナが服を引っ張った。またルナについて行く形になるとすぐにエレベーターが見えた。


 そうか黒ルナを振り切れたならエレベーターで――あと一階。


 先を走るルナがボタンを押して開いた明るいエレベーターへ二人で乗り込む。閉ボタンはクロビトが乗り込むよりも早く仕事をこなしてくれて、クロビトの足音は遠くなった。


 ……助かった。


「はあ……はあ、ありがとう」


 ナオキが8のボタンに指を置いて連打しながらルナに言った。ルナはエレベーターに入ったままの方向を見て今度は自分を抱いている。


 よっぽど怖い目にあったのか……あれ、動き始めないな。


 そんなことがあっては困る。ここまで来てエレベーターが動かないなんて。8のボタンは何度も押しているのに光っていなかった。上の画面を見ると進行方向を示す矢印は下を向いていた。


 「え?」そう短く言えばエレベーター内の電気が消えて、エレベーターの中はつけっぱなしの懐中電灯の灯りだけになり、その光でうっすら見える鏡のような壁には黒い服を着た女が写っていた――


「下へ……参ります」

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