第10話 過大

 っ……いつからそこにいた……?


 ナオキは全く近づいてきた気配を感じ取れていなかったので面をくらった。怖い……そう思ってしまった。


 どうする?……あのサイズのものが入ってきたら逃げ場はないぞ……。


 ドア枠の8割ほどを埋める巨大な顔は相応以上に巨大な目の中で、過大な黒目をギョロギョロ動かし部屋の中を見ている。黒目が横側に移動しないと白色が見えないほどに目は深く黒い。


「俺を信じろ。まずは座れ」


 男がナオキに頼むように強く言った。


 巨大な顔を見せている化け物は部屋に入ってくる様子はない。ただじっと黒い目をわずかな光で輝かせこちらを見ている――。


「お願いします」


 ナオキから男と反対側の隣の席に座る短い髪の女がいつの間にか顔を上げていた。その男よりも少し若いくらいの女もまた座ってほしいようだが……。


 ナオキは目の前にあるイスの背もたれを掴んだ。


「ゆっくりだ……ゆっくり座れ……」


 手が震える中、他に頼るものはないのでナオキは2人を信じてみることにした。男の指示通りゆっくりイスに座る動作を進める――。あの顔と見つめ合いながらだとイスに座るということが難しい。


「いいか?何もしなければ奴も何もしてこない。長い時間になるかもしれんが耐えろ」


 ナオキがイスに座り、男がナオキにそう告げると、それを待っていたかのように巨大な顔がじわり……じわり……と部屋の中へ侵入してきた。徐々にその全貌が明らかになる。


 顔だけかもしれないと思っていたが、巨大な顔にはちゃんと体がついていた。生えきっていない柔らかい髪、目以外は顔にあった大きさ。その顔を支える首、そして体も大きく、ドアを通り抜けるのが窮屈そうだが、腕が細長い。あの手を広げれば、この部屋の端から端まで支配できそうだ。その細長い腕を蜘蛛のように器用に操り部屋に全身が収まった。


 上半身だけ……足がない。


 ここからでは部屋が薄暗いこともあり、よく見えないが、足は確認できない。体を引きずりながら腕で進んでいる。


ドッ ドッ


 床に腕をつく音は重く、細長いながらもかなり力は強そうだ。まず間違いなくこいつがここの霊。本当に座っていることが正解何だろうか――。


「うーーーあーーーーー」


 化け物が言葉ではない声を出した。誰を見ているわけでもなく天井を見上げている。その声は高く無邪気だった。


ドッドッドッドッドッドッ


 化け物が急に移動速度を上げてナオキの後ろを通り過ぎた。男の後ろに回り込み、見下ろし、片方の細長い腕を男の頭の上に伸ばした。近くで見る化け物は奇形な体だが人間と同じ質感の肌をしている。


 おい――大丈夫か――


 その腕が少しでも男の頭に振れたならすぐに走り出して部屋を出るつもりだった――が、化け物は腕を引っ込めまた移動を始めた。テーブルの周りを自分の心臓の鼓動と重なるドッドッという移動音とともに何週も回る――時折止まり、男にしたように座る人、置いてある冷蔵庫やゴミ箱へ手を伸ばし触れることなく引っ込めたり、奇声をあげる。


 そんな化け物を観察する片時も気を抜けない時間が数時間続いた。


「またひとりふえた」


 部屋を出て行くとき――化け物は低い声でそう言った。

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