第7話 手叩き

「ハア……ハア……」


 誰かに取り憑かれていたように感じる。自分でも自分が今やったことに驚いていた。


 静寂が包む部屋の中、壁に背を預けて息を整える。気味が悪い部屋からさっさと抜け出したいが、暗がりに慣れてきた目はなぜか部屋の1つ1つを観察していた。木製のベッドに真っ白な布団と枕、タンスの上に花瓶とロウソク立て、どれもアンティーク風で洋館を感じさせる。外から見ていた時の洋館内のイメージはちょうどこんな感じだ。壁と壁に繋がる窓ぶちも白い。


 なぜこの幽霊はここにいてなぜ笑っていたんだろう?幽霊が自分に襲ってきた意味、そんなことをぼんやりと考えてしまう。正当防衛とはいえ自分が消してしまったことへの罪の意識からだろうか、いや本当に正当防衛だったのか……ナオキは親指が痛いほど拳をグッと握った。考えても仕方のないことだろう。


 小さな窓からは光が見えているが外と繋がるのだろうか。窓が開いてその先が数十分前までいた世界なら、無理やり体をねじ込めば出られないことはなさそうだが。


 ナオキは体を立てて窓へ歩く――体が重い。まだ部屋の霊が出てきそうな重い空気は変わっていなかった。レースのカーテンをどけて外を覗いてみる。


 窓の先は、黒かった。


 もう一度部屋を確認してまた窓を見る、それを3度繰り返したが結果は変わらない。光が入ってきているのにも関わらず、その先は真っ黒だった。


 汗が1つ顔をつたっていく。なんだか途方もないものを見て背筋がゾワゾワした。


 窓は開くか、たとえ開いたとしても脱出はあきらめるしかないだろうが、念のため確認した。開き方が正しいのか分からないが押しても引いても全く動かず開きそうな様子はない。


 じゃあその横のもう一つのドアはどうだろう?少しでもこの空間を理解するために開けようと試みる。


 するとそのドアはあっさり開いた――。その先に見えたのは黒い空間ではなく、自分がこの部屋に入ってくる前にいた味気のないドアばかりがある廊下だった。


 あれ、こっちから入ってきたんだっけ?


 振り向いて、自分が入ってきたと思っていた方向を見ると、もう一つのドアも開いていた。どういうことだ?まさか―


 冷たいドアノブを握り動かしてみると反対側のドアも動き、その先にも味気のない廊下が見えた。二つのドアは連動していて、同じ場所に続いている。


 このドアは元から出口になっていたんだろうか?疑問は残るが、とりあえず戻れることには安堵した。


 元から出口になっていたとしたら幽霊を倒したのは無駄な頑張りだった?ここは狭い空間が隔離されているという認識するべきだろう、廊下と霊のいる空間が繋がっていて……他にこの部屋から出口へのアプローチはあるか……いやもう色々考えるのはよそう、こんなことをあと9回やればそれでゲームクリアだ。それでいいじゃないか。ここを出て次の部屋へ向かおう。


 ナオキは部屋を出る前に部屋へ向かって手を合わせて少しだけ目を閉じた。そして二度手を叩き、安らかに眠れるように気持ちだけでも送った。そうしなければならない気がしたのだ。二度と起き上がらないでほしいという気持ちもある。


 廊下へ出てドアをしっかりと閉める。形として残るものは何もないが本当にこれで一つクリアということでいいんだよな。


 急に体が部屋に引き込まれて焦ったがなんとかなった。正直このくらいの恐怖であればいける。映画の中に入って相手は作り物の霊だ、自分が絶対に死なない夢の中、そんな感じで考えればすべての部屋をクリアできる気がする……ナオキはそんな風に楽観的に考えていた……。


 老人はバーカウンターの奥のイスでふんぞり返って眠っていた。ナオキが目の前まで来ても目を開けずスースーと聞こえるくらいの寝息でグッスリ眠っている。


 憎たらしい。こいつはどこまで知っていてどこまで信用していいんだ。入れば分かると言われたが部屋を出る条件もはっきりしたわけではない。霊を倒さないと出れないなら難易度は高いが元からもう一つの扉が開いていたなら簡単だ。


 それよりもユミコちゃんに自分は大丈夫だと教えてあげよう。


 部屋に入り、すぐ右側を見ると、ちゃんとそこにユミコの姿があった。また手で顔を覆ってうつ向いている。


「ユミコちゃん……?」


 ユミコはそーっと手を開いておそるおそるこっちを見た。


「ああ、良かった」


 ユミコにとっては誰が部屋に入ってきたのか分からなかったのか。胸に手を当てて落ち着く姿がかわいい。


「俺、大丈夫だったよ。やっぱり俺は十個の部屋全部クリアできると思う」


 良い知らせなので少し微笑みながら伝えた。


「本当ですか!?……私、何て言ったらいいか……ずっと不安で、出てこなかったらどうしようとか。ドアが開く音がした時も出てきたのがあなたじゃなかったらとか……」


「安心して。俺がきっとここから出してあげるよ」


 格好つけてしまった。なんなんだろう、喋り方もギャルっぽくなくて真面目な感じだしパッチリした目がほんのり赤く滲んで潤んでいるところが守ってあげたくなる。


「ありがとうございます。お腹はすいてませんか?さっき言い忘れてたんですけど、そこの冷蔵庫に色々入ってますよ」


「お腹は空いてないかな」


 あんなものを見た後に食事する気分ではないし。また隣に座るのは厚かましいと思ったのでナオキはテーブルのイスに腰を下ろす。


「本当に無事出てきてくれて良かったです。元気そうに出てくるのも初めて見るし……」


 その言葉には無論、引っかかった。他の挑戦者の話か。


「ユミコちゃんは他の挑戦者についてどのくらい知ってるの?」


「あ、えっと私は昨日ここに来たので一緒に来たもう一人の方は知っています。今、手前から二番目の部屋の中に入ってます」

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