第12話 お花畑。



(──ここはまた懐かしい場所だなぁ)



 ふわりと優しく吹く風に乗って、ハーブたちの独特な香りが鼻に届く。


 前世の私が自力で作り上げた、イングリッシュガーデンだ。


 薔薇が好きで、でも薔薇は夏バテしてしまって花がつかない時期があるから、足元はラベンダーとローズマリーで囲んで。


 夏の暑さに薔薇が弱って花が少なくなっても、ラベンダーとローズマリーの紫の花が咲き乱れる。

 エレフォニアニベアの銀葉の美しさを狙って、所々に配置して。


 まぁ、実際育ててみたらエレフォニアニベアって、背の低い草花じゃなくて低木だった。

 さらに、紫の釣り鐘状の可愛い花をたくさん咲かせることに気づいて。

 …気づいた時には、根がしっかり定着してしまった後だったので、移植は諦めたのだった。


 なので私の庭では一番背の低い、ツルやツタ系のへデラや姫ツルニチニチソウに並んで40センチほどの樹高のエレフォニアニベアの銀葉と紫の花が風に踊るような配置になっていた。



(良い香り…いつものように紅茶とお菓子があったら最高なのだけど)



 そんな手作りで、できる限り左右対称に作られた、イングリッシュガーデンの中央付近に設置してある、お気に入りの濃い緑で金属製のガーデンチェアに座っていた。



 ……何故かセシリアの姿で。


 やっぱりまた、お庭作りしたいな、現世ではお屋敷の庭師さんの管理だろうし、いろいろお願いしてみようかな?なんて考えてた私の肩に、背後から手が置かれる。



「さっきぶり、かな?」


「あなたはだあれ?」



 振り向いた先には、完成された美。

 お人形さんの様な綺麗な人。

 背格好としては、セグシュ兄様と同じか少し上くらいだろうか?


 にこりと笑顔になって、会話を続ける。



「あのあと、君の御両親がとっても怒ってしまってね…直接会えそうになかったから夢に出てみたんだけど、私のこと見える?この姿、記憶にない?」



 確か、魔力測定の時に白いもふもふを脅して、服から外してくれた…男の人?だった気がする。

 必死に思い出そうとする様子が面白かったのか、くすっと笑いだす。



「うん、男の子で、あってるよ。あはは、ここね、夢だから…喋らなくても考えてることもなんとなくだけど聞こえちゃったりするよ」



 いつのまにかにガーデンテーブルの上に紅茶が置かれていて、向かいの席にさっきの人がにこにこしながら座るのが見える。

 時折吹く風に、翻弄される髪を抑えるようにして、耳に掛けつつこちらを覗き込む。



「ゆめまくら…」



 死者は強く伝えたいことがあると、生者の夢に出て来て伝えるって、あるもんね!

 …あ、でもあれって、自分とそれなりのご縁のある人だけだったっけ?



「あ、ちょっと待って?私は生きてるからね?お化けの類じゃないからね?」



 ちょっと困ったような焦ったような、微笑みで。

 やっぱり綺麗な人だなぁ。

 青い透き通るような長めの髪に、明るいエメラルドグリーンの瞳。



「これから君は忙しくなるから、早めに謝罪とご挨拶をと思ってたんだけどね……あのマセガキのせいで、ごめんね」


「ませがき?」



 気持ち周囲の風が強くなる。

 心地よい風から少し強目の風になって、薔薇の香りと花びらが舞い遊びはじめる。



「…そろそろ時間かな?私は……だ…よ。あの子と仲良くしてあげてね」



 そう言うと、席から立ち上がり私の手をとり口づけをし、先ほどまでの優しい声とは打って変わり、朗々とした、良く通る声で歌うように囁く。



『以後、風は貴女を傷つけない、我が名を持って契約の楔とする』



「はい、と言って?」


「はぁい…?」



 返事とともに、一瞬、私を中心に強い風が集まり、巻き込まれた薔薇の花びらが、激しく舞い上がり、雪のように舞い降りてくる。

 それがあまりにも綺麗で、見惚れているうちに手は離されて、姿も大量の薔薇のフラワーシャワーに阻まれて見えなくなっていた。



「じゃあまた!今度はちゃんと会いにいくから、その時まで忘れないでね?」



 ……そんな言葉を残して。







 ******







「……?」


「お…お、奥様!セシリア様が目覚められました!」



 おでこに冷たい感触があって、浮上するように意識が覚醒する。

 ベッドが軽く揺れて、淡い桜色の銀髪に視界を奪われて、母様に抱きしめられたことに気づいた。



「良かった!痛いところはない?2日間も眠り続けていたのよ?ご飯食べれる?すぐ準備するからね?」



「……お…かしゃま、ごめなしゃい」


「セシリアは何も悪くないの。無事でよかったわ!」



 ──そうじゃないんだよ、これは心配かけてのごめんなさい。


 母様は多分泣いてるんだろう。声が震えていたし。

 自分の子の不調は、親にとっては自分のことより辛いんだから。

 特にはっきりと自分の状況を説明出来ない、乳児や幼児なら尚更だ。


 前世で母親は経験済みで、心配で心配で自分までダウンしかけるくらい辛かったから、心配だけはかけたくないのになぁ。

 上手くいかない。


 私までつられて泣きそうになってしまったけど、ここは我慢。

 涙を押さえ込んで、つーんとなった鼻を我慢して、まずは結果を聞かないとね!



「おかしゃま、せしーがんばった?」


「そうねぇ…セシーは結果は魔力有りで確定よ。おめでとう」



 目を腫らして泣き笑いのような表情になってしまっている母様のハグから解放されて、ベッドで上体を起こした姿勢で周囲を見渡す。


 ベッドのそばに用意された、ソファーから父様とセグシュ兄様も心配そうにこちらを覗き込むようにしている。



「ただちょっと…前代未聞のことが起きてしまって、王家と教会と…その他諸々で意見がわかれたりと少し騒ぎになってるね」


「…きゅう?」



 少し困った、と言う表情でベッドの上で丸くなっている、白いもふもふを指でつつきながら、父様が話す。

 白いもふもふ物体は睡眠を邪魔されて、少し不満そうに見える。

 あら、結局ついてきちゃったんだね。

 このこ、猫っぽいなと思ってたけど、改めてよく見ると、猫どころか、私の知ってる生き物ではない気がする。



「ぴゃー」


「あぁ、コレもずっと付きっ切りで。一応反省してるらしいよ?」


「セグシュ、コレだなんて…。そうそう、この子はまだ名前が無いんですって!セシーがつけてあげて?」



 セグシュ兄様が白いもふもふをグリグリと強めに撫でると、寝転がったままの白いもふもふは、猫のような仕草で両手でセグシュ兄様の腕を抱え込み、後脚でけりけりと蹴り始める。



「ぐきゅううううう」


「いてっ!母さん、そもそもセシーを突き飛ばして昏倒させたのはコレが原因でしょう?」



 白いもふもふの反撃を受けて、腕に取り付く白いもふもふを外そうと、もう片方の手を出すと、口を大きく開いて威嚇?している。



「ぴしゃーーー」


「セシーの仇っ!」



 仇って、兄様……私は生きてますよ?

 セグシュ兄様は白いもふもふが腕から外れないのを良いことに、ぐるぐるとその腕を振り回してる。



「でもね、昏倒の後の2日間の睡眠は魔力切れが原因なのよ。この子のせいじゃ無いわよ?」


「ぴゃー?」



 なんとここで、母様の爆弾発言。

 セグシュ兄様vs白いもふもふの戦いも一瞬止まり、そして



「あ、おちた」


「ふふっ、落ちたわね」



「きゅ」



 ぽとり、と白いもふもふが落ちて、そのままベッドの上に戻ってくる。



「まぁ…なんだ、結果的に言えば、セシリアの自業自得なんだよ」


「え…じゃあ、セシーは水晶玉に意識して魔力を流して、魔力切れ起こしたってこと?…ふっ。あはは、それは倒れちゃうね!」



 意識したつもりはないんだけどなぁ……。

 なんか、ごめんなさい。


 父様が眉間を抑えつつもこっそり笑うような、なんとも言えない微笑に、申し訳ない気持ちになる。

 このままこんな心配事が続くと、父様の眉間のしわしわが戻らなくなりそうだ。



「あのねセシー、あの水晶玉は触れたものの魔力を吸収して光るんだ。意識して魔力を入れなくても良いように、ね?。そうじゃなきゃ、魔力を使ったこともない人間に魔力があるかなんか調べられないでしょう?」


「うん」



「──そこに無意識でも魔力を流しこもうと頑張っちゃったわけだから…水晶玉も際限なく魔力吸い取っちゃったというのが、今回の事の真相なのよ」



 セグシュ兄様と母様のごもっともで丁寧な説明をいただいてると、ちょうどお粥が出来上がったらしく、運び込まれて来たので、続きは「軽くお粥をいただいた後にね」ということになった。


 できたてのお粥は、チキンベースのお出汁で青菜に玉子が入った優しくて甘い味だった。



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